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1306. 来年の米国での居住先と他力について


来年の今頃は、再渡米に向けての準備をしているかもしれない。そのようなことを思う。

私はもともと、フローニンゲン大学にやって来る前から、オランダでの生活は二年間になるだろうと予想していた。しかしその後、さらにもう一年オランダに留まりたいという思いが湧き上がっていた。

そうした思いが生じたのは、今から半年ほど前のことだったように思う。だが、ここ数週間の日記で書き留めていたように、今の私は、やはり来年は生活拠点を再度米国に移そうと思っている。

すでに所属先の大学の候補は絞られており、生活する街の目星がついている。昨夜、とっさの思いつきで、来年に住むことになるだろう家の候補を検索していた。

これは大変気の早いことなのだが、検索をしてみることによって、いくつか家の候補が見つかり、すでにその街での生活をイメージすることができる状態になった。実際にどれだけキャンパスに足を運んで研究することになるのかによって、大学の近くに住むのか、少しばかり郊外に住むのかを決めたいと思う。

まだその大学から受け入れられたわけではないのだが、すでにそのような計画を進めている自分がそこにいた。 昨日に引き続き、今日も分厚い雲が空を覆っている。ただし、天気予報によれば、今日は雨が降ることはないそうだ。

午前中は仕事に関するオンラインミーティングを行っていたため、午後から自分の探究に取り掛かることにしたい。昨日ふと、他力による創作の重要性に気づかされることがあった。

一人の人間の創作物が真に普遍性を獲得するというのは、表現しようとするものが、自発的に生まれる大きな場による他力の働きによって、形となる現象のことを言うのではないか。自己が生み出す表現物が、自己を超えて、普遍性に至るためには、この他力の働きが重要になるのではないか、という気づきを得ていた。

自己それすらも他力による構築物であることを考えると、この考え方はとても大切なもののように思える。日々の歩みそれすらも、自力ではなく、他力の恩寵を受けながら実現されているということを噛みしめながら、午後からの仕事に取り組みたい。2017/7/15

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