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1297. 内なるダイモーンに導かれて:MOOCの多角的な研究


一日の仕事を全て終え、本日最後の日記を書き留めておきたい。やはり、今日の夕食前に突如目の前に現れた「客員研究員」としての道についてもう少し書き留めておかなければならないだろう。

客員研究員としての資格が自分にあるのかどうかもさらに詳しく調べてみなければならないし、それに向けた様々な準備を年内から始めていかなければならない。まずは、自分が所属したいと思う米国のとある大学に連絡を取ってみることをしたい。

具体的には、MOOCに関する研究に携わっている部門の担当者にまずは連絡をしたい。この連絡に関しては今日明日するようなものではなく、九月の中旬あたりに連絡をするということをスケジュールに書き込んでおいた。

フローニンゲンという街は今の私にとってこれ以上ないほどの生活場所であり、フローニンゲン大学はこれ以上ないほどの研究拠点である。しかしそれでも、あるいはそうであるがゆえに、この場所に三年間いることはできないような気がしている。

この街と大学から一度大きく離れる必要があるように思うのだ。申し分ないほどの環境が与えられていることが、どうやら自分には耐えられないようなのだ。

今の環境を失ってでも、新たな環境に身を置こうとする自分がまだ強くいる。こうした衝動が芽生えるというのはもはや、探究を司るダイモーンに私が取り憑かれていることの証左に他ならないように思えてくる。

仮にそうであるならば、やはり私はこのダイモーンを信じてみたいと思うのだ。この世界の中で生活拠点が変わろうが、この世界の中で生活をしていることに変わりはない。

また、この世界の中で探究拠点がいかに変わろうが、この世界の中で探究を継続していることに何ら変わりはないのだ。そのように考えると、私は自分に取り憑いたダイモーンに感謝をしなければならないだろう。

それが導くところに、自分を置くだけだ。それ以上のことは一切必要ないように思えてくる。

仮に私が来年の今頃に、再渡米に向けての準備を始めているのであれば、それはこのダイモーンの導きに他ならないことをここに書き留めておく。その時、この日記の存在について忘れていたとしても一向に構わない。

重要なのは、そのような導きが今日という日に自分に起こっていたということであり、それを書き留めることを通じて、自らのダイモーンに感謝の念を持ったということである。それだけが形となって残っていればいいのだ。その形が新たな形を生み出すのだから。 フローニンゲンの夏の夜空に入道雲がゆっくりと通り過ぎていく。その光景は、白い雲と黒い雲が大名行列のように行進しているかのようだった。 フローニンゲン大学での二年目の主たる研究、そしてこれから数年間にわたって携わっていく研究は、MOOCを中心に据えたものである。より具体的には、これまでに引き続き、発達心理学の観点からMOOCの研究をしていくのと同時に、ダイナミックシステムアプローチや非線形ダイナミクスの手法を用いて研究を進めたいと思う。

その背景には、既存のMOOCの研究はどうしても旧態依然とした統計的手法によるグループ比較のようなものしかなく、MOOCが本来持っている動的な学習プロセスがまだほとんど研究されていないということがある。

さらには、MOOCを提供する大学には大量のデータがほぼ手付かずのまま眠っており、データの分析方法に苦心している様子がひしひしと伝わってきており、ダイナミックシステムアプローチや非線形ダイナミクスの手法は、そうした大量のデータを活用することによって新たな知見をもたらしてくれるだろうという希望を私は持っている。

実際に、私がフローニンゲン大学のMOOCを統括する教授から期待されているのはその点だ。私が二年目に所属するのは「実証的教育学」というプログラムであるから、また応用的なデータ解析の手法を学ぶことになるだろうし、学習理論や教育理論に関してもより深く学ぶことになるだろう。

そこに教育哲学の観点を付け加え、私はこれからの数年間における学術研究の中心を、MOOCを多角的に探究することに置きたいと思う。教育科学、発達科学、教育哲学、複雑性科学(ダイナミックシステム理論や非線形ダイナミクス)の観点からMOOCについて掘り下げることは、自分にとって一つの大きなテーマになるという予感がするのだ。2017/7/12

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