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1283. 定言命法的歩み


魂に刻印する形で進むこと。魂から刻成される形で進むこと。

この二つを通じて日々の一歩一歩を形作っていくことをしていかなければならない。魂に刻まれないものや魂から生まれ出て来ないものは断固として排斥しなければならない。

私にとって、カントの定言命法で表されるような「ねばならない」という言葉は非常に大きな意味を持つ。実はこのテーマは、今から四ヶ月前のウィーン訪問時に浮かんでいたものであり、今日これについて改めて言及することになるとは思ってもいなかった。

慣習的な意味での定言命法ではなく、透徹した意志の作用から生み出される定言命法を何よりも大切にしたい。これは私にとって、自己の行為に対する絶対的な倫理観から発せられる言葉だ。

その言葉の前置きには、何らの前提条件はないのだ。言ってみれば、それは「無条件の行為」を促す言葉である。

先ほど夕食前の最後の仕事に取り組む前に、ソファに腰掛けて少しばかり休憩を取っていたが、その時に生まれた冒頭の考え方は、まさに何の前提条件も必要ない。自らの仕事に前提条件など付けようがないし、そんなものを付けてはならないのだ。

それを成すのが必然であるかのように、絶対的にそれを成すという志で日々の行為を積み重ねていきたい。そのようなことを静かに思っていた。 第二弾の書籍から緩やかに手を離すことによって、以前と変わらない、いや以前以上に自分がなすべきことに打ち込めているような気がする。書籍というのは、徹底的に他者のために執筆しながらも、決して他者を見てはならないということを今回痛感させられた。

徹頭徹尾、他者のために文章を執筆しながらも、透徹した眼差しで自己だけを見なければならないということに遅まきながら気づかされた。この気づきは最初の作品の時には得られなかったものである。

もう少し説明を加えるならば、徹底的に自己を見つめる過程の中で文章を紡ぎ出し、それが結果として他者に資するようにしなければならないのだと思う。今回の作品を通じて、他者を見ていては自分の仕事など継続しようがないという絶望的な希望が得られた。

自分の仕事が他者の基底につながるところまで、私は自己だけを見つめなければならない。それが、魂に刻印する形で進むことの一面であり、魂から刻成される形で進むことの一面である。2017/7/9

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