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1279. 夢と現実の境界線


——おそらくいつか私たちは、夢と現実が重なり合う場所を見つけることになるだろう——

早いもので、夏期休暇に入ってから三週間ほどが経とうとしている。ここまでの三週間は、休暇前の過ごし方と特に変わることがない。

それよりもむしろ、休暇前以上に自らが打ち込むべき対象に向き合えているように思える。すでに朝日が昇り、清々しい日曜日の朝を迎えた。

時刻は七時を過ぎたが、通りを歩く人もおらず、通りを走る車もない。人が築き上げた家々と取り巻く自然だけがこの世界にあるかのような印象をもたらす。

赤レンガの家の屋根の上で、数羽のカラスが戯れている。同時に、別の方角からハトの鳴く声が聞こえる。

こうした静寂さがいつまでも続いて欲しいと思うような世界が、今自分の目の前に広がっている。静寂な世界の中で、またしても今から一年後に米国に戻るのかどうかを少し考えていた。

思うに、顕在意識の自己が変化を求めているのではなく、潜在意識の自己が変化を強く求めているようだ。顕在意識の変化欲求であれば、それは理性によって統制することができる。

しかし、潜在意識のそれは、欲求を超えて能動的な衝動となり、抑えることは誰にもできない。近い将来、新たな挑戦が自分を待っていることをこの瞬間に知る。 昨夜は夢の中で、大学時代のゼミの友人たちと再会を果たした。各々が何かに打ち込んでいるようであり、私もその一人だった。

お互いに近況を報告し合い、旧交を温めた後に、私はふと、社会と数学の試験が迫ってきていることに気づいた。過去数年間は入念な準備をして試験に臨んでいたが、今年からは自らの探究するべきものを発見し、こうした試験に労力を注がないような方針を自分で固めていたようだ。

こうした方針を自らで設けたこと、その方針を実行に移すことは英断に思えたが、それでもこなさなければならない試験があることは事実だった。私は、社会のテキストの試験範囲をもう一度最初から読み直し、少なくとも五回は読み直そうと思っていた。

これまでは、日々数学の問題を解いていたのだが、今年からはそうした習慣を止め、試験の前にまとめて数学の問題を解くようになっていた。その点が少しばかり懸念材料となっており、数学の試験に向けた準備は難航するかもしれないと予想した。

そこで私は夢から覚めた。夢から覚めた瞬間、社会と数学の試験に向けた準備を早速しなければならないと思ったが、それは夢の中の話であると気付き、安堵した。

早朝に取りかかるべきものは、社会でも数学でもなく、アンドレアス・デメトリオの “Cognitive Developmental Change (2004)”であることが、ひどく私を喜ばせ、大きな安心感をもたらした。

夢と現実の境界線が一瞬消え去っていたことから、昨日考えていたように、夢と現実は一つの大きな現実世界の中にあることを知った。午前中はこの書籍を読み、昼食前にランニングに出かけたい。2017/7/9

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