1269. ゲラルド・ヤングの書籍より


一日の仕事が全て終わり、ようやく一息をつくことができそうだ。今日は早朝より仕事を順調に進めることができたが、七月末に開講するオンラインゼミナールの説明資料において、書籍に掲載されていない事柄を盛り込み過ぎてしまい、その調整に少しばかり手間取った。

明日も午後から説明資料の作成に取り掛かり、可能であれば明日中に初回のクラスの資料を全て完成させたい。初回の資料が完成したら、そこから二・三日は資料作りから離れ、その後再び第二回と第三回のクラスの説明資料を一気に作成したいと思う。

八月にはノルウェー旅行が控えているため、ゼミナールの開講前に全ての回の説明資料の大枠を作成できたらと思う。そのような計画を立てて作業を進めていくつもりである。 説明資料の作成の合間合間に、ゲラルド・ヤングが執筆した分厚い専門書に目を通していると、幼児期の教育が発達に及ぼす影響は多大なものであることに改めて気付く。普段私は、成人期以降の発達現象に関する研究や実務に従事しているため、幼児期の発達現象に注目することは少ないが、折を見て、幼児期の発達現象に関してハッとさせられることが多い。

今日も、ロビー・ケースの発達理論やジョン・ボウルビィの愛着理論に関する記述を読んでいると、幼児期の教育について深く探究するべきであるということを思い知らされた。無知というのは、悪意がなくても害悪を生じさせることが多い。

とりわけ、人間発達に関する無知というのは、取り返しのつかない害悪を人に与えてしまうことがあることを忘れてはならない。特に、幼児期の発達プロセスやメカニズムについて無知であることが、その子供に多大な害悪を及ぼしかねないことには多大な注意が必要だろう。

「正しさ」を議論するのは極めて難しいが、発達科学の知見を学べ学ぶほど、極めて害悪な幼児教育がなされている状況を的確に捉え、新たな発想の枠組みや教育方法を提唱することは可能になるだろう。おそらく今後の私は、成人以降の発達に関する研究や実務を続けていきながらも、幼児教育に関しても何らかの提言をするような仕事をしていく必要があることを強く思う。

人間の発達というのは、幼児期から老年期にかけての包括的なプロセスであるがゆえに、全発達範囲を射程に入れた仕事をしていきたいと思う。そのような気持ちにさせてくれたのが、ケースやボウルビィの仕事であった。2017/7/6

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