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1257. 人財育成に関する深い知識を獲得する必要性


先週から今日にかけて天気があまり優れなかったが、今日は一日を通して良い天気だった。午前中の仕事を終えたところで、近所のノーダープラントソン公園へランニングに出かけた。

ここ数日間、書斎にこもりっぱなしであったため、久しぶりに外に出て自然の空気を吸うことは大変心地よかった。自らの思考状態を維持促進していくためには、定期的な身体運動は欠かせない。

自宅からノーダープラントソン公園へ向かう最中、運河をかける橋が、通行するクルーザーのために開かれていた。運河を優雅に去っていくクルーザーには、数人の人が乗っており、このような天候の中クルージングをすることはとても爽快だろうと思った。

フローニンゲンの現在の気温は高くないが、それでも季節が夏であることは確かであるため、ここ最近、運河を通行するクルーザーの数が増えているように思う。実際に、最近は運河を通る際に、橋の開閉に捕まる回数が増えている。

こうしたことからも、オランダの夏を感じることができる。運河の手前で橋が閉じるのを待っていた私は、ただぼんやりとそれを眺めていた。

何かを考えることもなく、ただ身体を少し動かしながら、橋が閉じられるのを待っていた。橋が閉じられるや否や、再びランニングを開始し、目的地のノーダープラントソン公園へ到着した。

公園の木々の隙間から太陽光が差し込み、その中を私はゆったりと走っていた。木漏れ日に包まれながら、公園内の一角にある少しばかり深い森林を眺めた時、自分の身体のエネルギーが充電されるような感覚があった。

ここ数日の日記で書き留めていたように、書籍の出版後、無駄にエネルギーが漏れていくことを痛感していたため、森林がもたらしてくれたこの恩恵はとても有り難いものだった。走ることと相まって、自然の豊かさと恵みを感じることは、日々の生活を充実させる上で不可欠なのだと改めて知る。 ノーダープラントソン公園を抜け、フローニンゲンの街の中心部に向かうにつれて、思考が先日の鈴木規夫さんとの対談の内容に向かった。対談の最後に、鈴木さんが指摘していたように、日本の人財育成においては、その道の専門的な鍛錬を積むことなく、誰でも人財育成に携われるというような錯覚がある。

これは人財育成に限らず、日本の企業社会においては、他の領域においても見られる傾向である。例えば、大学時代に一切情報システムに関する知的鍛錬を積んでいない者が——下手をすると文系の学士号を持つ人間が——、企業に入っていきなりシステムエンジニアとして働き出すような現象が見られる。

これは欧米人からすると極めて奇妙であり、基本的に欧米の企業社会では、そのような形で職を得ることはほぼ不可能である。実際に、人財育成の職に携わろうとする大学院の友人に話を聞くと、専門学位はやはり産業組織心理学やMBAでなければ職が得られないということであった。

おそらく、システムエンジニアにせよ、企業の人財育成担当者にせよ、それを専門とする部署に配置されることによって、実務手順に関する知識を獲得することはできるだろう。しかし、単純に仕事をこなす中では、その領域に関する深い専門知識を獲得することは、よほどの努力がない限り不可能であるように思える。

システムエンジニアリングの背後にはシステム工学があり、人財育成の背後にはそれに対応する諸々の科学分野がある。とりわけ、人に関係する人財育成において、人の成長に関係する深い知識が欠落していることは、とても大きな問題だろう。

拙書『成人発達理論による能力の成長』で紹介することができたのは、人の成長プロセスやメカニズムの一端に過ぎないが、それでも、いかに人の成長が複雑であるかが少しでも伝わり、人財育成に関する深い知識を獲得する必要性に気づいてもらえることができれば幸いである。2017/7/4

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