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1243. 着実な更新


気づけば今日から七月に入った。七月という言葉を聞けば、それは夏を私たちに喚起させるが、依然としてフローニンゲンの夏はそれらしさを見せない。

先ほども、書斎の窓から外を見ると、パーカーを着て歩いている人を見かけた。家の中にいる私もそのような格好をしている。

先ほど私は、緊張感に満ち溢れた張り詰める冬の朝を懐かしく思った。それは間違いなく過酷な寒さなのだが、その過酷さが人間精神を凝縮し、密度の濃いい粒子へと私たちの精神を変容させるかのように思える。

そのような朝が懐かしく思えた。夏が終わり、短い秋が過ぎ去れば、そうした冬が自ずとやってくるだろう。

昨夜、ふとしたきっかけで、セルゲイ・ラフマニノフの音楽を聴きたいと思った。昨夜のうちにダウンロードした楽曲を今朝流してみた。

このロシアの作曲家の曲は、間違いなくロシア的精神から生まれたものであり、先ほど聴き入っていた曲は、はち切れる寸前の糸が縦横無尽に張り巡らされたかのような冬の朝にふさわしいと思った。 そのようなことを考えていると、昨日の日記について思い返していた。昨日は、第二弾の書籍以降、自分が書籍の内容を更新するかのように、日々何かしらの文章を紡ぎ出していったことに言及していた。

書籍の執筆が終わったのは、昨年の12月末のため、そこからあの書籍の分量と同じだけの文章を六冊分ほど書き留めていることになる。第二弾の書籍が出版されて二週間ほど過ぎただけなのだが、それは六冊前の作品に思えてくる。

午前中、先日にスピノザ記念館を訪れた際に購入した論文集 “Spinoza Research: To Be Continued”を読んでいた。その中で、スピノザは誰かのために文章を書き留めていたのではなく、自らのために文章を書き続けていたことを知った。

スピノザには、表現しなければならないことが内側に絶えずあり、それを外側に形として表現することが兎にも角にも重要であり、それは他者のためではなかった。今の私もスピノザと同じような発想で、日々文章を書き留めることに従事しているように思う。

これをしなければならない必然性が常に存在し、それはやはりひどく個人的な事柄に根差している。だが、第二弾の書籍は、ここで書き留められている日記から生まれたものであることに間違いないため、それが結果として他者に資するものに変容する可能性は常に残っているのだと思う。

とにかく今日も一歩一歩の着実な更新を果たしたいと思う。2017/7/1

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

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