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1241. ダーウィンとマルクスからの励ましと明日への更新


夜の九時に近づき、そろそろ今日一日の仕事を終えようと思う。その前に、最後に文章を一つ書き留めておきたい。

雨がしとしとと降りしきる中、書斎の中を静かに流れるバッハの曲に伴奏するように、雨滴が書斎の窓ガラスに時折ぶつかる。今日一日を振り返ってみたときに、自らの探究に関して、ある誓約をすでに結んだはずなのに、焦る自分がいたことを省みなければならない。

仮に今この瞬間の自分が、一つの仕事も形として残せていないとしても、決して焦ってはならないのだ。粛々と継続させていかなければならない営みがあることを、私は忘れてはならないだろう。

夕食後に読み進めていた論文の中で、チャールズ・ダーウィンが進化論を打ち立てるまでの、精魂を込めた探究姿勢に大きな感銘を受けた。その史実についてはすでに知識として私の内側にあったのだが、それを自らの存在を通じて噛み締めるような感覚に陥った。

ダーウィンがおよそ八年間かけて、生物の観察を愚直に続け、ただひらすらに観察ノートを書き続ける中で自らの概念や理論を磨き続けた姿勢に対して、大きな励ましを得たのである。実際には、概念や理論を磨き続けたというよりも、それは絶え間ない再構成の連続であったと述べた方がいいだろう。

この励ましは、カール・マルクスが『資本論』を執筆するまでの期間、足繁く大英博物館に通い詰め、その図書室で思索に打ち込み続けた史実から受けたものと同様の感覚を持つ。何度も何度も自らの概念を練り直し、再構成に次ぐ再構成を重ねていった結果として、後世に多大な影響を与えることになった両者の理論体系が結実していった。

この励ましは、一人の探究者としてのあり方に関するものだけではない。一人の人間が真に人間として生き抜くことの根幹に触れることとして、この励ましがあったのだ。 『成人発達理論による能力の成長』の原稿を書き上げてから、およそ半年以上が経つ。あの書籍の大半の内容は、ここで書き留められている日記が原型になっている。

原稿の執筆を終えてからの六ヶ月間、自分の中で様々な「更新」が行なわれている。あの書籍は、およそ15万字ほどの文字数で構成されている。

私は執筆を終えてから、毎月15万字ほどの文字をここに書き続けている。すなわち、書籍の執筆以降、あの書籍と同じほどの分量を持つ書籍を六冊ほど書き上げている計算となる。

その過程は、自己批判に次ぐ自己批判であり、その中で絶えず新しいものを見出し、新たなものを創出していくような姿がその過程の中に刻印されているように思う。第二弾の書籍は、ちょうど二週間ほど前に世の中に送り出されることになったが、その時点ですでに六回ほどの生まれ変わりを遂げているような印象を私は持つ。

私は、これからも更新を続けなければならない。絶えず自分の内側から言葉を紡ぎ出すことを通じて、絶えざる更新を果敢に実行していく必要がある。

それは、私自身が前に進む進まないの話ではない。新たに再構成し続けることの中に、自分の仕事と自己の存在そのものを位置づけるのだ。

そのようなことを考えていると、人生は自己を行進させていくのではなく、自己を絶えず更新させていくことなのだと思う。 しとしとと降り注いでいた雨が勢いを増した。それに足並みを揃えるように、風の勢いも増した。

今日という一日が終わり、世界の時間が明日に更新される時、私そのものも更新されることを強く願いながら今日の仕事を終えたいと思う。2017/6/30

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