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1231. 生の本源的な気持ちを通じて生きること


フローニンゲン大学での一年目のプログラムを終え、夏期休暇に入ってから、再び作曲の学習と実践を毎晩行っている。

最終試験に追われていた頃は、作曲から不可避的に離れざるをえなかったが、このように作曲を毎日行える日々が続いていることを嬉しく思う。文字通り、毎日が発見の連続であり、極めて小さな知識と経験をコツコツを積み上げている確かな感覚がある。

ちょうど先日、二ヶ月ぶりに、上の階に住むピアニストの友人と話す機会があった。その日は六時間半ほど話をしていたように思う。

話の中で、その日の前に読んでいた論文の中に掲載されていた、バッハのシンフォニアの断片的な小節を彼女に見せ、その定量化方法について教えてもらった。この方法は、研究に活用する用途のみならず、一つの曲を深く理解していく上でも非常に有益なものに思えた。

この方法を自分が習得するためには、何から始めたらいいのかを彼女に尋ねてみると、楽典(musical grammar)の学習から始めることを勧められた。これまで私は、音楽理論(music theory)のテキストを少しずつ読み進めていたが、音楽理論と楽典は別物であり、楽典は音楽理論の基盤にあるものだという理解を得た。

楽典に関する書籍を一冊ほど購入し、今後は少しずつ楽典に関する理解を深め、彼女に教えてもらった定量化方法を自分の好きな曲に毎日少しずつ適用していきたいと思う。昨晩の作曲実践の中で、 “diminution(縮小)”という技法が私の関心を引いた。

音楽用語に関する日本語の語彙が不足しているが、この技法は、いくつかの小節内で表現された音の音階を変えることなく、音符を半分にする形で別の小節内に表現していく方法だ。端的に言えば、リズムの変容技法だと言えるだろう。

実際に、作曲ソフト上でこの技法を活用してみたところ、音階が同じであるにもかかわらず、リズムが変わるだけで、これほどまでに与える印象が異なるのかと驚かされた。この技法は基本中の基本なのだろうが、私には、こうした一つ一つの技法が常に新鮮なものとして知覚され、それに触れるだけで大きな喜びを得ることができる。

実際に、ここ最近活用している作曲テキストの中に、 “I like this transformation technique.”という小学生でも書けるような、稚拙だが、それでいて純粋な感想を書き留めている自分がいた。

こうした感想が溢れ出る中で作曲と向き合うことができているということ。それは大人である今の自分にとって、何かとても貴重なことのように思えるし、同時に、私たちは幾つになってもこうした気持ちを持ちながら日々を生きることができるのだという思いにさせてくれる。

私たちの生は本来、こうした気持ちの中で絶えず進行していくことを望み、その進行の中で終焉に向かうことを望んでいるのではないだろか。どうして私たちは、そうした生の本当の望みに気付けないのだろうか。

なぜ私たちは、自らの濁った認識を通じて生を捉えようとするのだろうか。どうして私たちは、生の気持ちから自らを省みることをしないのだろうか。

そのような問いが、さざ波のように私の内側を通り過ぎていった。日々の生活の瞬間瞬間を、生の本源的な気持ちを通じて生き抜くことの先には、やはり幸福としか形容できないものが充満しているのだと思う。2017/6/29

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