早朝、眠りの意識と覚醒意識の狭間にいるとき、激しい雨音が聞こえてきた。寝室の窓を激しく打つ雨音は、いつもとは違った朝の始まりを知らせるには十分であった。
窓を叩きつけるような雨音は、目覚まし時計のけたたましい音とは違い、とても自然な音のように思え、不快感をもたらすことは全くなかった。寝室に置いている時計を確認すると、いつもより幾分多く睡眠を取っていたようである。
そのためもあってか、心身の調子はいたって良好であった。自分の心身の状態を確認した私は、昨夜の夢について少しばかり思い出していた。
昨夜は夢の中で、小学校からの付き合いのある三人の旧友たちと久しぶりに会った。私たち四人は、南米のとある国を訪れていた。
町の雰囲気から察するに、それはペルーではないかと思われる。私たちは、その地で有名な遺跡を訪ねた。
そこには、悠久な時の流れにさらされた重厚なものが漂っていた。遺跡を見ると、当時のままの姿が残っている箇所もあれば、一部に破損が見られるような箇所もあった。
私たち四人は、遺跡内にある中央広場のような場所で休憩を取ることにした。広場と言っても、そこには緑があるわけでもなく、公園に置かれているようなベンチがあるわけでもない。
それは、単に広大な空間であり、四方が古代の遺跡に囲まれているような場所である。その場所で私たち四人が話をしていると、広場の向こうから一人の人物がこちらに歩み寄ってきた。
その人物は、格好から察するに、この地の原住民であることがすぐにわかった。その人物は、スペイン語のような英語を話し始め、自らがシャーマンであることを明かした。
そのシャーマンは、観光客にこの遺跡の歴史を語ることを生業にし、それに付随して、観光客に物品を売ることを行っているようだ。だが、そのシャーマンは身軽な格好をしており、物品を持っているようには思えなかった。
そのシャーマンは、この遺跡の話をすることをほとんどせず、胸ポケットから得体の知れないものをすっと取り出した。それは、酒を飲むためのおちょこのような、小さな陶器であった。
するとシャーマンは、シャーマニズムの儀式で用いる精神変容のための飲料を飲まないか、と話を持ちかけていた。米国の大学院時代に、シャーマニズムや変性意識に関する講義を履修していた私は、その飲料が何と呼ばれ、どのような作用を私たちの精神にもたらすかを知っていた。
三人の友人は、英語を聞き取ることができないため、私はシャーマンの通訳として、この飲料についての説明を三人にした。すると、二人の友人が関心を示し、ぜひその飲料を一杯飲みたいと申し出た。
もう一人の友人と私は、それを飲むことを控えることにした。シャーマンは、二人の友人のそれぞれに陶器を手渡し、その飲料を注ぎ始めた。
本来、この飲料は、シャーマニズムの儀式の場でしか飲めないものであり、このような場所で飲むことは許されていないはずなのだが、これも古代の伝統が現代経済に汚染された結果なのだろうかと思った。
シャーマンは、飲料を注ぎ終えると、代金を請求することもなく、静かにその場を去っていった。中央広場の入り口の方へ向かって、振り返ることもせず、ゆっくりと遺跡から離れていくシャーマンの背中を私はずっと眺めていた。
この遺跡が醸し出す悠久な時間感覚の中にいた私は、シャーマンが立ち去る姿を見届けた後も、随分と広場の入り口の方を眺めていたようだった。すると突然、その飲料を飲んだ友人の一人に精神の異変が起こり始めた。
彼の意識は、もはや通常意識の世界になく、変性意識の世界に入っていた。しかし、それでも彼は何とか、私たちと会話ができていた。
最初から私は、この飲料を摂取する友人たちの看護役を買って出ようと思っていたため、その友人が変性意識の世界に入ってからは、彼の様子を静かに見守ることにした。
一方、もう一人の友人は、飲料を摂取してから一定程度の時間が過ぎても、まだ変性意識の世界に入ることができないでいた。彼の意識状態は、まるでほろ酔いの意識であり、完全に変性意識の世界に入っていないことがわかった。
とはいえ私は、その友人についても注意深く見守ることにした。すぐに立ち上がってどこかに向かって歩こうとする二人の友人をなだめるように、私は、彼らをその場に座らせ続けるようにした。
その時、夢の中の私は、これが夢の中の世界であり、夢というある種の変性意識の世界の中で、二人の友人がさらに深い変性意識に入ろうとしていることがはっきりとわかった。つまり、夢を見ている私は、自らの意識が変性意識状態であるにもかかわらず、その意識の中で立ち現れた二人の人間が、異なる層の変性意識に入ろうとしていることがわかったのである。
しかし、それに気づいた瞬間に、私は、夢の中の自分と再び完全に一体化してしまった。飲料を摂取した二人の友人は、時に吐き気を催しながらも、何とか全てのプロセスを辿ったようだった。
精神変容の旅から戻ってきた友人は、その間に何が起きていたのかわからないようだった。私たち四人は、そこからさらにしばらく中央広場で休むことにした。
夕日に照らされた遺跡は、とても美しかった。その美しさは、私たち全員の目に染み入っていた。
夕暮れの静寂さの中、一人の友人が、「九月末まで休暇なので、これからブラジルに行こう」と提案を持ちかけた。その他の友人を含め、私も都合が悪く、ブラジルには行けない旨をその友人に伝えた。
その友人はすぐに納得したようであり、私たち四人は、この遺跡をそろそろ離れることにした。だが、私たち四人の旅は、これからもずっと続いていくように思えた。2017/6/28