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1207. サンタクロースを信じる多くの大人たち


マライン・ヴァン・ダイク教授との面会を終えた私は、足早にキャンパスを後にした。というのも、ヴァン・ダイク教授が面会の最後に教えてくれたように、これから天気が一気に崩れ、雷雨に見舞われるとのことだったからだ。

キャンパスから自宅に近づくにつれ、天候がどんどん怪しくなっていった。幸いにも、雷雨に見舞われることなく、自宅に到着することができた。

自宅に戻ってから数十分後に、激しい雨が降り始めた。久しぶりにこれほどまでに激しい雨を見たように思う。

その激しさがあまりにも珍しかったからか、私は思わず書斎の窓に近づいていき、窓から外の様子をしばらく眺めていた。激しい雨が窓や地面にぶつかっていく姿は、何か爽快感をもたらすかのようであった。

このような雷雨に見舞われながらも、現地のオランダ人は傘をさすこともカッパを着ることもなく、自転車を漕いで各々の目的地を目指していた。しばらく景色を眺めた後、再び書斎の机に着いた私は、所与の物語を検証する眼と思考力の重要さについて考えを巡らせていた。

私たちは誰しも幼少の頃、サンタクロースの存在を信じていたであろう。そうした時期というのは、おそらく、ピアジェの発達理論で言えば、具体的思考段階の初期に該当するだろう。

この時期においては、サンタクロースが存在するという物語を盲目的に信奉することになる。そこから、思考力が育ってくると、いつの間にやら私たちは、サンタクロースなど存在しないことに気づく。

つまり、ここでは、これまでの物語からの脱却が起こっているのだ。この例は、一見すると微笑ましいものに映るだろう。

しかし、実は私たち成人の誰しもが、何らかの物語に組み込まれ、その物語に盲目的な形で日々の生活を送っていることを認識しなければならない。とりわけ、社会の隅々にまで浸透している経済原理によって構築された物語は、非常に巨大な影響力を持っている。

そして、成人の多くは、その物語の構造に対して盲目的であることはおろか、その物語内容に対しても盲目的である。その結果として、私たちの成長を既存の経済原理の枠組みの中で捉えてしまうことになり、安易に量的な成長を求めたり、早急かつ効率的な成長を求めることになってしまう。

また、自己実現なる概念も、結局は既存の経済原理に縛られた物語を通じて捉えてしまうがゆえに、真の自己実現とは相容れない方向に向かってしまうことになる。現代社会を取り巻くそうした物語の内容と構造を冷静に捉えている人は少なからず存在しており、そうした人から見れば、既存の物語を盲目的に信奉している人は、サンタクロースを信じている子供と変わらないとみなすであろう。

まさに、その通りなのだ。基本的に私たちは、自分が信奉している物語の内容と構造に自覚的になることは、極めて難しいのだ。

だが、真に内面の成熟へ向けて歩むのであれば、現在信奉している物語の内容と構造を隅々まで暴き出さなければならない。認識の光によって、物語の内容と構造を炙り出さなければ、いつまでたっても所与の物語から脱却することなどできないのだ。

とりわけ、現代社会を取り巻く物語は、社会の隅々にまで広く深く浸透しており、それが巧妙に隠蔽されているという特徴を持つがゆえに、私たちはよほど真剣に自分たちを取り巻く物語がどういったものなのかを考えなければ、そこから脱却することなどできないだろう。

サンタクロースの物語があるときまでは真だと思うところから、いつしか偽だと気づくことに至る現象というのは、実は成人期においても通過しなければならないことなのだ。 嵐のような激しい雨が過ぎ去り、辺りに鳥の鳴き声がこだましている。先ほどの落雷がまるで嘘のようである。2017/6/22

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