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1200. ライデン訪問記:「国立古代博物館」を訪れて


国立古代博物館に到着した私は、受付を済ませ、荷物をロッカーに置いてから、三階建てのこの博物館の鑑賞を始めた。地上階では、特別展示と古代エジプトの所蔵品を閲覧することができる。

私は、特別展示へと続く入り口に置かれていた古代エジプトの彫像にすぐさま捕まった。それは、博物館の訪問者を歓迎しているようでありながらも、今を生きる人間を寄せ付けぬ威圧感のようなものを放っていた。

この巨大な石で作られた彫像は、人間の姿を成しており、頭部から察するに、それは女性を表しているのだと思う。その胴体に刻まれたヒエログリフに私は思わず息を飲んだ。

それらはあまりにも細密であり、精密でもあったからだ。そこに刻まれた象形文字がどのような意味をなすのか、非常に気になっていた。

古代エジプト人は、どのような意味を込めて、この彫像にこれらの象形文字を刻み込んだのだろうか、ということを絶えず考えていた。今からおよそ5000年前の紀元前3000年に、このような彫像技術と文字を持った文明があることに、私は驚きを隠せなかった。

博物館に入館したはいいものの、この彫像を見物するのに随分と長い時間をかけ、大きな驚きと感動をしばらく感じた後に、私はまず特別展示室に向かった。この特別展示室には、様々な地域の古代文明が残した、石の宝飾品が展示されていた。

入り口で目撃した古代エジプトの彫像と同じように、そこで展示されている一つ一つの宝飾品の技術の高さには、大きな感銘を受けた。それらは、私の想像を遥かに凌ぐほどの技術的精密さを体現しており、当時の時代において、このようなものを生み出せたことをすぐに信じることができないほどであった。

特に一つ印象に残っているのは、名の知れぬ一人の人間が長大な時間をかけて、延々と一連の宝飾品を作り上げていったことがわかる作品だった。「これら一連の作品を残すためには、毎日それらの制作に向き合ったとしても、数年、いや数十年の時間を要するに違いない」という言葉が自然と漏れた。 私は、そこで展示されている一つ一つの宝飾品をゆっくりと見て回った。その次に訪れたのは、古代エジプトの品々が展示されている場所だ。

「この博物館に来た目的は、それらを見るためだったのだ」ということが強く自覚されるような体験をした。そこで展示されていた、古代エジプトの棺とミイラが特に私の関心を引き、それらの制作技術に打たれるものがあり、彼らの死生観に対して触発される何かがあった。

古代エジプト人が持っていた死生観は、非現実的と思われるものもあるだろうが、それでも私は、大きな共感を持っていたのは確かであった。というよりもむしろ、彼らの死生観から私は何かを学ばなければならない、という強い思いが湧き上がっていたのだ。

一つの巨大な棺を目にした時、その棺に刻まれたおびただしいほどの象形文字に圧倒されるものがあり、この棺を作るのにどれほどの時間を要したのだろうか、と思わずにはいられなかった。この棺の制作者は、きっと強烈な死生観を持っており、それを原動力にして、このような創造的な産物をこの世界に在らしめたのだと思った。

そこから私は、「人間は創作することを宿命づけられた生き物である」と改めて強く思わされたのであった。同時に、それは私に大きな励ましをもたらした。

人間は太古から、この世界に何かを在らしめることを宿命づけられており、その宿命に自分も身を委ねたいと思った。全てを創作に捧げ、創作を通じて生きたいという思いを新たにすることができた。

近い将来、エジプトには必ず足を運ばなければならない。その日は必ず来るだろう。2017/6/21

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