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1182. 表現の不可能性とそこから

June 27, 2017

第二弾の書籍が世に送り出されて間もないためか、少しばかり身辺が慌ただしい。日々のやるべきことに集中するために、これから様々なことを整理していく必要がある。

 

特に、世に送り出された書籍とこれからどのように付き合っていくのかに関して、少しばかり考えなければならない。様々な点において、これから少しずつ書籍から手を離していくような動きを見せていく必要があるだろう。

 

そうすれば、徐々に身辺に落ち着きが取り戻されるように思う。

ここのところ、早朝には必ず朝日を拝むことができたのだが、今朝は違っていた。雨雲のようなものは見られなかったのだが、薄い雲が空全体を覆っている。

 

気温も少しばかり低いことが体感的にわかったので、早朝に寝室の窓を開けることをしなかった。起床後、書斎に直行すると、そこには普段と変わらない書斎の風景が見えた。

 

その空間は、絶えず私のことを待っているかのように見えた。椅子に腰掛け、窓越しに外の景色を眺めると、姿かたちの見えない小鳥たちのさえずりが聞こえる。

 

小鳥たちの鳴き声を聞きながら、私は自分の言葉をもってして、現象をどれだけ表現できるのかについて思いを巡らせていた。日記を綴る際に、自分の内側で言葉になることを待っている対象に対して、それをどれだけ細かなところまで自分の言葉で表現できるのだろうか。

 

そして、細密に言葉を積み重ねていくためには、自分はどのような鍛錬をする必要があるのだろうか。そのようなことを考えていた。

 

日々、自分の言葉を紡ぎ出して何かを表現しようとするとき、それが自分の真意や感覚を完全に表現しきれないことにもどかしさを感じることがよくある。もちろん、冗長に言葉を積み重ねていくことは避けなければならないが、簡潔な言葉を積み重ねていく中で、細部にまで踏み込んでいくような表現技法を獲得することはなかなか難しい。

 

こうしたことは何も日記に限らず、論文を執筆する際にも要求されることだと思う。論文の場合において、そうした緻密な言葉の積み重ねは、精密な論理の積み重ねとして現れるべきものだろう。

 

こうしたことを考えると、「表現の不可能性」という問題に突き当たる。日記にせよ、論文にせよ、自らが表現しようと思っていることを完全に表現し切ることは不可能なのだろうか。

 

今この瞬間に聞こえてくる小鳥の鳴き声の音や質感を完全に言葉で表現することができないというまぎれもない事実が、言葉による表現の不可能性を私に突きつけてくるかのようだ。今この瞬間に響き渡る小鳥の鳴き声の美しさを、自らの言葉で表現し切ることができたら、それはどれほど喜ばしいことだろうか。

 

そのような思いを抱えながら、しばらく静かに窓の外を眺めていると、言葉には表現の不可能性があるからこそ意味があるのだと思った。言葉による表現の不可能性に触れる形で言葉を紡ぎだそうとするとき、言葉にならないものが言葉に乗り移るかのように私には思える。

 

言葉による表現の不可能性を真に自覚して言葉を紡ぎ出す時、言葉にならないものが、言葉の中に宿るのである。それを大切にしていかなければならない。2017/6/17

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