1173. 書籍の出版日と重なる最終試験


第二弾の書籍が発売された当日、オランダにいる私は、フローニンゲン大学での一年目のプログラムの最終試験に追われていた。

今朝、起床した瞬間に、書籍のことと最終試験のことがどちらも同じぐらいに気になっていることに気づいた。とはいえ、すでに出版されてしまった書籍よりも、目前に迫った最終試験の方が重要度が高いと思うようにし、試験の準備に精を出した。

五時半に起床すると、すぐさま書籍の告知を行い、そこからは最終試験に向けた最終確認を行っていた。今日の午前中に行われたのは、「タレントアセスメント」の最終試験だった。

この試験はコンピューターを通じて行われるものであり、コンピューター試験専用のキャンパスに向かう必要があった。雲が少しばかり見えながらも、太陽の光が優しく降り注ぐ中、私は自宅を早朝に出発し、試験会場に向かった。

試験会場までは歩いて25分ほどであり、適度な運動である。早朝のこの時間帯は、通勤・通学の人が多く、多くの人は自転車で各々の目的地に向かっていた。

そうした中、私は運河沿いのサイクリングロードをゆっくりと歩きながら目的地に向かった。目的地に向かう道中、切り替えたはずの自分の意識が、一歩一歩の足取りに応じて、本日出版された書籍の方に向かっていくのがわかった。

どのような方たちが本書を読んでくれるのか気になっていたのと同時に、どれくらいの人たちが本書を手に取ってくれるのかが気になっていた。道端の木々の間から、小鳥の綺麗な鳴き声を聞いた時、そのようなことを気にかけている自分が可笑しくなった。

小鳥の鳴き声もまさに、「書籍は必要な人のところに届くから心配ない」ということを伝えようとしているように思われた。小鳥の鳴き声に後押しされる形で、そこからの私は、試験に向けて意識を集中させていった。

計画通りの時間に試験会場に到着した私は、試験に向けて最後の確認を行っていた。コンピューター試験が行われる広大な部屋に入り、自分の席を確認した私は、一息ついてから試験を開始させた。

思えば、昨年に初めてフローニンゲン大学でコンピューター試験を受けた時、その操作にいくぶん手間取っていた。その時の自分がとても懐かしい。

今となっては、その操作にもなれ、同じ自由記述形式の試験であっても、手書きよりもコンピューターの方が望ましいと思うようになった。試験問題は、大問五題であり、各大問の中にいくつかの小問が入っているという構成だった。

各大問の制限字数は、250-300字だった。最初に試験問題を全て確認すると、全ての問題が私が作成した予想問題とほぼ同じであったため、特に焦る必要もなく、淡々と全ての設問に回答していった。

手書きの試験であれば、二時間の間に、制限字数一杯の英語を書いていくことは難しいが、コンピューターであったため、終わってみると結局、全ての設問に対して制限字数近辺の回答を行っていることに気づいた。

昨夜の就寝前からどのような試験問題が出題されるのか非常に楽しみにしており、非常によく練られた問題であったがゆえに——同時に自分の予想とほぼ合致していたがために——回答するプロセスそのものが、大きな喜びを私にもたらすものだった。

教育において、試験というのは、さらなる学習を支援していく上で不可欠のものであるため、それは避けようのないものであるが、試験というのはこのように、それに回答するプロセスそのものが面白く、回答する過程そのものが学びの一つであるようなものでなければならないと改めて思った。

納得のいく形で試験を終えた私は、試験会場を後にした。試験会場を後にした私は、試験の内容に関する振り返りを歩きながら行い、同時に、「今日は少しばかり出版された書籍について考えてもいいだろう」という思いから、再び書籍について思いを巡らせていた。

月曜日に行われる「成人発達とキャリアディベロップメント」の試験が終われば、二ヶ月半にわたる夏期休暇に入る。2017/6/15

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