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1170. 音読と社会的カリキュラムについて


十字架を描くような飛行機雲が、広大な空に行き交っているのが見えた。午前中、「タレントアセスメント」のコースで取り上げられた全ての論文の内容をまとめた資料を、無心になって音読をしている自分がいた。

以前の日記にも書き留めておいたように、ひょっとすると、私の脳の特性は、黙読よりも音読に合致しているのではないかと思った。そのように思うほど、音読によって文章の内容理解が格段に進んでいることを実感している。

音読をする過程で、自分の理解が不十分な箇所は、自分の言葉でその記述内容を即座に言い換えるということを行っていたり、疑問点がある箇所については、その都度自分の質問を声に出し、その質問に対して自分なりの仮説や回答を口に出すということが自然となされる。

こうした姿を見るにつけ、音読というのは、非常にアクティブな読解方法なのだと思う。黙読をしている時は、どうしても字面を追いかけがちであり、その都度立ち止まることや、疑問点を自分なりに洗い出し、それらに対して自分なりの仮説や回答を打ち出すということはなかなか起こりにくい。

もちろん、黙読の中でそのようなことをできる人もいるであろう。私の場合に限ってみると、どうやら自分は、黙読を通じてそのような学習運動を行うことはできないようだ。

そうしたこともあり、置かれている環境や状況が許す限り、何かしらの論文や書籍を読む際には、それらの文献とのインタラクションを意識した音読を心がけたいと思う。 先ほど昼食をとりながら、とりとめもないことをいくつか考えていた。そのテーマは二、三にわたる。

あえてここで書き留めておくとするならば、それは、ロバート・キーガンが指摘したように、文化的なカリキュラムは常に私たちを何らかの方法で教育しているということだ。

文化的なカリキュラムというのは、社会的なカリキュラムと言い換えてもいいだろう。それは、組織を含めた社会に根ざす集合的な発想の枠組みや制度的な仕組みのことを指す。

そうした集合的な発想の枠組みや制度的な仕組みは、文字どおり、私たちの脳そのものと精神そのものを規定する、ということを最近強く実感している。もちろん、私たちが脳や精神の発達を遂げていくために、それらの社会的なカリキュラムは必須のものである。

キーガンも指摘するように、特に慣習的な段階に私たちを導くために、社会的なカリキュラムは大きな役割を果たしている。しかし、それ以上の段階の精神を涵養していく際に、既存の社会的なカリキュラムはほとんど効果をもたらさない。

むしろ、それは高度な精神性を獲得していく際の妨害となることすらある。日米欧で生活をすることを通じて、各国に固有の社会的なカリキュラムが存在するのと同時に、それらのカリキュラムには普遍的な特性があることに気づく。

特に、ある一定段階の精神性を確立することに対して、そうしたカリキュラムは貢献を果たす一方で、ある段階を超えていく精神を確立することを阻害するというのは共通の特徴である。

これはよくよく考えれば、社会的なカリキュラムがそもそも、市民をある一定のところまで教育することを促す装置のようなものであるがゆえに、ある基準値を超えた段階に至る人にとっては、その教育効果はほとんど無いに等しく、時に害悪ですらあるというのも納得できる。

こうしたことを考えると、教育効果の差はあるにせよ、社会的なカリキュラムというものが、全ての人たちを多かれ少なかれ規定することに変わりはないようだ。

組織というミクロな単位の社会的カリキュラム、社会全体というマクロな単位の社会的カリキュラムが、どのような種類と性質を持っているのかを把握しようとすることは、それらが私たち一人一人にどのような影響を与えているのかを理解することにつながり得るがゆえに、この世界で生きて行く一人一人にとって、自分を呪縛する社会的カリキュラムを認識することは極めて重要なことのように思える。2017/6/14

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