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1131. 文学作品の哲学的探究へ向けて

June 15, 2017

天気予報が肯定的な意味で外れ、今日は一日中晴れだった。夕食を摂りながら、今日という一日を少しばかり振り返っていた。

 

私は日々の生活を通じて湧き上がってきた思考や感覚を日記として書き留めているが、当然ながら、日記を書くことだけを行っているわけではない。日記というのはあくまでも、その日その日において、自分の内側から言葉としての形を成そうとするものに形を与える試みに他ならない。

 

不思議なもので、ある現象が外見上において非常に些細なものに思えたとしても、自分の内側ではそれをとても重要なものとみなし、言葉を生み出さずにはいられないことが頻繁にある。まさに、日記で書き残しているのは、そうした、言葉を生み出さずにはいられないものたちである。

 

日々、言葉としての形を求める内側の現象は多岐にわたるが、そこには共通のテーマのようなものが見られる。同時に、共通のテーマから徐々にこれまでにはなかったテーマに広がっていく姿を捉えることができる。

 

このような様子を観察していると、人間の意識は確かに絶え間ぬ流れを持っており、その流れが形成する道の広さや深さは千変万化していくのだと思う。日々の私に度々襲う思いは、日記として文章を書き留めておかなければ、自分の内側の意識の流れが滞ってしまうのではないかということである。

 

文章を書くことによって、流れるべきものが流れるべき姿で流れていく。仮に文章を書かなければ、意識の流れのどこかで凝固点が生まれ、それが意識の広がりと深さを損なうような思いが去来することがしばしばある。

 

そのようなことを思いながら、今日の午前と午後の活動を振り返っていた。時間が前後するが、午後から私は、埴谷雄高氏の『死霊』を読んでいた。

 

全九章のうち、現在は第二章の後半まで読み進めている。午前中に偶然にも、文学の教育的可能性に関する論文を読んでおり、そこでの記述が『死霊』を読んでいる時の私の頭の片隅にあった。

 

『死霊』を読みながら、そこで展開される不気味な深遠さを持つ登場人物たちの思想を前にするとき、そうした思想を持っているのは紛れもなくそれらの登場人物なのだが、ひとたび登場人物の視点を取ることができた瞬間に、それらの思想は自らの思想に他ならないことに気づく。

 

つまり、物語の中で登場人物たちが展開する不可能さを伴った発想や思考が、自らのものとなり、それはあり得るものに変わるのだ。ここでも自己と他者の問題が関係し、結局、作品の中で開示される諸々の思想が登場人物だけが所有するものではなく、私自身もそれらを所有しているがゆえに、主観的な意識が共有されているかのような感覚を持つのである。

 

「あぁ、これが間主観的な意識の特性なのかもしれない」という考えが湧いてくるような体験をしていた。また、上記の点以外にも、本書でひたひたと展開していく不気味な物語の中に自らを晒していると、自分の意識が拡張していくような体験をする。

 

まさに、この作品が形而上学的小説と呼ばれる所以はそのようなところにあるのかもしれないと思った。文学作品は、ある意味、一人の著者が開示する思想書であるがゆえに、私は読むべき文学作品を慎重に選びたいと思う。

 

読む価値のない思想書を読むのではなく、読む価値のある思想書を読むべきだ、という至極当然の考えに行き着く。今後読む文学作品は、一人の著者が自らの深い思想をそこに表現したものだけにしたい。

 

そこでふと、今ではないのだが、近い将来、私はフランスの作家であるマルセル・プルーストの“In Search of Lost Time (1913):邦訳『失われた時を求めて』”の英訳と和訳を読む日が来るであろうことを予感した。

 

しかも、それを単に文学作品の鑑賞として読むのではなく、それを一つの思想書とみなし、哲学的な探究の題材とすることになるだろう。根拠はないのだが、その日が必ず来ることをなぜだか知っている。2017/6/3

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