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1052.「情報肥満」と「前超の虚偽」


夕食後、再び仕事を再開させようとしたところ、この時間帯にもかかわらず、再び昨夜の夢について思考が飛び移っていた。昨夜は、夢の中で、顔の見えない人物から二つの問題について質問を受けていた。

一つは、現代社会で多くの人々が患っている「肥満」という病についてである。これはもちろん、身体的な肥満を指しているのではない。

その人物の話をもとにすると、内側の「情報肥満」に対してどのように対処したらいいのか、ということだった。その人物の話を聞きながら、私たちの身体は物理的な制約がある以上、身体的な肥満には限度があるが、情報というのは物理的な制約が働かない以上、情報肥満に際限はない、ということを思った。

これはある意味、恐ろしいことだと思う。私たちの内側には、気づかないうちに、消化されぬ脂肪のような情報が無限に固着し続けているのだ。

そして厄介なのは、こうした情報的な肥満は、身体的な肥満のように目に見えるものではないため、その病は進行し続けているにもかかわらず、多くの人たちはそれに気づけないということだ。食べ物を摂取することに関しては、限界効用が働き、ある一定程度の食べ物を摂取すると、私たちは満腹感を感じる。

一方で、情報に関してはそのような限界効用が働かず、私たちは一つ一つの情報を消化していないにもかかわらず、絶えず次の情報を摂取しようとしてしまうのだ。その結果、情報的な肥満は進行し、情報が目には見えないという性質を持っているがゆえに、その症状は進行の一途を辿るのだ。

夢の中で、その人物に対して私が回答をしていたのは、情報肥満の進行を防ぎ、それを解消に向かわせるには、一つ一つの情報を自分に引き付ける形で骨身にしていくという態度が求められる、というような内容であった。

夢の中では、非常に細かい具体的な実践を紹介していたように思うが、その中の一つに、私が極めて重要だと思うのは、文章を書くという非常に単純な実践だった。しかし、これは単純に思える実践なのだが、間違いなくほとんどの人は行わない実践であるという奇妙な性質を持っている。

書くという実践は、思考運動であり、なおかつ身体運動に他ならない。そうした運動特性を持つ書くという実践を通じて、内側に滞留している情報は徐々に血肉に変貌していくのだと思う。

現代社会に蔓延する情報肥満というのは、書くという身体運動の欠如であり、それは同時に自分の頭で考えるという思考運動の欠如を物語っている気がしてならない。

もう一つ、夢の中の人物から質問を受けたのは、発達測定に関するものだった。具体的には、高次元の段階と低次元の段階を混同してしまう「前超の虚偽」をどのように見分けることができるのか、というものだった。

夢の中で私は、それを見極める最善の方法の一つは、発話者に質問を投げかけることである、と述べていた。その論理は、仮に高次元の段階に到達しているのであれば、与えられた質問に対して、その段階に基づいた回答を再び行うか、もしくは下の段階に基づいた回答を行えるはずであり、仮に高次元の段階を偽装しているのであれば、問いに対して何も回答することはできない、というものだ。

説明を加えると、私たちは段階を飛ばすことができないという原理上、高次元の段階に到達している発話者は、追加の問い対して、その段階に留まった回答をするか、一段下がった回答をすることができるはずである。

しかし、段階を偽装している場合、追加の問いに対して、何ら言葉を紡ぎ出すことができないという状況に陥る。普段私たちは、高次元の段階から発せられたと思われるような言葉に対して麻痺をしてしまいがちである。

その結果、追加の質問を投げかけられない状況に陥ってしまう。これまで発達測定を行ってきた経験上、高次元を装うような発話に出くわした時、それにひるむ必要は全くなく、むしろ純粋な質問を投げかけてみると、偽りの仮面が容易に露わになることが頻繁に起こる。

これは、一つ目の問題と関係しており、現代社会で蔓延している、自らの頭で考えることをせずに情報を無限に取り入れようとする態度に加え、問いを投げかけることができないという問題がそこに存在しているように思える。

他者に対して問いを投げかけることができず、自らに対して問いを投げかけることができないような状況が、私たちの社会を覆っているように思えて仕方ない。問いを立てるということ、自らの頭で考えることの最善の手段の一つとして、書くという実践がある、ということを夢の中で私は主張していた。

それは今目覚めている私の主張でもある。2017/5/10

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