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1051. 専門性の確立と日記について


浴槽にゆっくりと浸かることは不思議なもので、新たな考えをふともたらしてくれることがよくある。その日の夕方の仕事を終え、それまでの仕事の内容が整理され、仕事に関係のある新たな閃きが生まれることもあれば、仕事とは直接的に関係しないながらも、非常に大切な閃きを得ることがある。

先ほど入浴をしながらふと、自分の専門性について考えていた。実際に欧米の大学院でその道の権威である学者や研究者と交流をすると、自らの専門性を真に確立していく道は長く険しいことを思わされる。

欧米の大学院で研究を続けていると、一つの領域の一つの分野で専門性を確立することすら、自己を課すほどの献身が求められることに否応なく気づかされる。人間発達という一つの幹を専門性に掲げていく際に、その幹を支える土壌がどれほど肥沃なものなのかが鍵を握っているのだが、その土壌の裾野は非常に広い。

今後の数年間において、やはり非線形ダイナミクスやダイナミックシステム理論を核とし、非線形時系列データの分析手法に習熟することと、発達心理学における理論的・思想的な領域で専門性を確立していくことが重要になるだろう。

また、発達心理学を取り巻く理論的・思想的なテーマに付随して、教育哲学に関しても専門性を構築していければと思う。そのようなことを先ほどの入浴中に考えていた。

それらの土壌がある程度の形になるのは、十年ほどの時間が必要になるかもしれない。それでも、その時間をかけてそれらの領域と向かい合っていきたい。

なぜなら、それらの領域はもはや自己と不可分であり、それらの土壌を肥沃なものにしていくというのは、自己の成熟に他ならないからである。 昨夜の就寝前、毎日書き残している日記がいかに些細なものであるかに考えを巡らせていた。以前、創造性に関するコースを履修していた際に、私たちは日々、様々な創造的アイデアを生み出しているのだが、それそのものに価値はないということを学んだ。

重要なのは、アイデアの具現化であり、実行であるということが強調されていた。確かに、私が毎日書き残している日記というのも、私が日々考えたことや体験したことの備忘録でしかないため、取るに足らないものなのかもしれない。

だが、そこには創造性のかけらが常に眠っていることを忘れてはならないし、真実はそうしたガラクタの中にあるような気がするのだ。毎日毎日、自分に関する事柄を書き続けていると、少しずつ何かが開けてくる感覚があるのは、おそらくそのためだろう。

仮に、日記そのものが持つアイデアに価値はなくても、日記を書くという行為そのものが、自己を真実に近づけるという実行に他ならないように思えて仕方ない。2017/5/10

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