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1038. 五線譜上の絵画


昨日は午後から夜にかけて作曲を行っていた。今のところ他の仕事との兼ね合いから、毎日曲を作ることはできない。

作曲に充てられる時間は、主に土日のどちらかの一日の中の数時間ほどである。今はこのように短い時間しか作曲の学習と実践を進めることができないが、とにかく継続させていくことが大事である。

内側の思念や感覚を音に表現することに対して、自然言語を用いて行うそれと比較すると、別種の喜びを見出すことができるため、継続に関しては何ら心配することはないだろう。私が望んでいるのは、論文や日記の執筆と同様に、毎日作曲を行うことである。

そのためには、自分の内側の思念や感覚が自由自在に音に表現できるまで、基礎的な事柄を着実に自分の骨身にしていく必要があるだろう。そうした基礎鍛錬を経て、内側の音楽を自由自在に外側に形にできるようになってくれば、一日のうちの少しの時間を確保して毎日曲を作ることができるに違いない。そうした日が一日も早く訪れることを望む。 昨日の作曲実践を振り返っていると、新しい気づきがまた得られた。五線譜に音符を並べながら思ったのは、それは音楽を生み出すのみならず、絵画作品を生み出すことに等しいということだった。

つまり、五線譜を一つのキャンバスと見立てると、そこに配置される様々な種類と数の音楽記号と演奏記号が一枚の絵画作品を形作っているということである。昨日自分が五線譜の上に描いた絵画は、お世辞にも美しいとは言えなかった。

曲から溢れ出る音楽美と五線譜から立ち現れる絵画美は、何らかの関係があるような気がするのだ。聴覚的にも美しく、視覚的にも美しい音楽を創出することに向けて探究を始めたい。

そのための第一歩は、過去の偉大な作曲家が残した楽譜を分析することだろう。それを行うために、私は数日前にベートーヴェンのピアノソナタ全曲の楽譜が一冊にまとまった資料を購入した。

ベートーヴェンの楽譜が届いたら、地道な作業だが、彼がどのような法則性で曲を生み出していったのかを掴むために、一つ一つの音符を自分の手で五線譜上に置き直していきたいと思う。これはまさに、私が米国に留学して以降行っていた、優れた学術論文をひたすら手書きで書き写すという実践を毎日行い続けたことと似てる。

それによって私が学術論文の創出方法を少しずつ学び取っていったように、作曲方法に関しても同じことをしたい。全感覚を持って学ぶことを通じて、初めて対象から身体知を汲み取ることができ、それが本当の身体知になる。

五線譜上に絵画を描くのと同じ美意識を養っていきたい。五線譜上に絵画を描き、音を描くという意識を絶えず持ち続けることによって、自分の手で少しずつ美を生み出せるのではないかと信じている。2017/5/7

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