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1023. 二日間のワークショップを終えて:夢の中の凶暴性


一昨日と昨日にかけて、現在の私の研究で用いている研究手法「状態空間グリッド(SSG)」に関するワークショップに参加していた。そこでの体験が非常に実りの多いものであったためか、それらの体験を日記としてまとめることがとても難しかった。

これから折を見て、二日間の学びを書き留めておきたい。二日間のワークショップが終了した後、直近でこなさなければならないことが少し溜まっていることに気づいた。

最も優先順位が高いものは、第二弾の書籍に関する再校の手直しである。その他にも、修士論文の “Discussion”セクションの手直しや履修している二つのコースで要求されている論文の執筆への準備がある。

これら以外にも細々としたものを挙げれば切りがないが、無事に第二弾の書籍が出版され、フローニンゲン大学での一年目のプログラムが終了する六月末まではとても慌ただしくなりそうだ。 ワークショップに参加したわずか二日間の間に仕事が溜まっているような気がしていていたのは、そうした慌ただしさを象徴しているのかもしれない。また、この二日間において自分と向き合う時間を確保することが難しく、それほど日記を書き留めることができなかったことも、私の感情が慌ただしさに飲み込まれそうになったことと関係しているだろう。

やはり私にとって日記は、精神的な均衡を確保するために不可欠なものであり、その日に何を考え何をしたのかを記録するだけではなく、その次に何を考え何をする必要があるのかを整理することに関しても、非常に有益である。今日から再び日記を綴っていきたいと思う。 二日間のワークショップで様々な研究者と知り合い、活発な意見交換をしたためか、あるいは、この二日間に日記を書き留めておくことができなかったためなのか、昨夜の夢の主題は体験をゆっくりと消化する必要があることを示唆するようなものであった。

主題に付随して、自分の中にある巨大なシャドーが顔を覗かせるような内容を持つ夢でもあった。夢の中で私は、関心を寄せるテーマに関係したクラスに参加しようとしていた。

そのクラスは二種類のものが提供されており、どちらも同じ内容を扱うのだが、クラスで用いられる言語を英語かオランダ語のどちらかを選択できるようになっていた。私は英語で行われるクラスの方に参加したのだが、教室に入ってきた担当講師が開口一番に、「このクラスは全て英語で行われるわけではなく、ところどころオランダ語で行う」ということを述べた。

実際にクラスが始まってみると、最初のうちは英語で講義が行われていたのだが、その講師は講義の重要な箇所になると大抵オランダ語で話すようになった。文脈から、講師の話すオランダ語の意味はわかるのだが、講義における重要な箇所がやってくると、私は英語で説明して欲しいと強く思うようになり、徐々に苛立ちの感情が生まれ始めた。

細部については覚えていないのだが、おそらく夢の中で私は、講義の途中で教室を離れ、去り際に講師に対して攻撃的な捨て台詞を吐いていたように思う。夢から覚めると、夢の中で確かに自分の攻撃性を発揮していたことがわかるような感覚が全身に残っていた。

自分が夢の中で極めて強い凶暴性を発揮する時は、その日がとても慌ただしく、本来その日のうちにやるべきことが未完のままの状態で、就寝に向かう場合であることが多いことに気づいた。私にとって、これはほぼ明確なパターンであると言ってもいいだろう。

夢の中で凶暴性を発揮することは決して否定的なものではなく、覚醒時においてそのような攻撃性を発揮することが社会的に許容されていないがゆえに、私にとっては大きな浄化作用を持つ。ただし、そうした浄化作用をもたらす夢を見るためには、その日が慌ただしく過ぎ去っていく必要があるかもしれないというのは残念である。

両者の間には、そうした表面的な関係性を超えて、より本質的な関係性がありそうだという考えが芽生え始めているため、それを探ることに今後は焦点を当てていきたい。2017/5/4

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