992. 認知音楽学を開拓したオットー・ラスキー博士への回帰


先ほど執筆していた日記を書き終えたら、仕事に戻ろうと思っていた。しかし、日記を書き終えた直後に、そうはさせてくれない何かがあった。

これはいつも私に文章を書かせる原動力となっていることは間違いないが、この力はとても強く、他の作業に自分を向かわせることを決して許してはくれない。先ほどの日記の中で書いていたように、ベートーヴェンのピアノソナタに関する専門書を吟味し、10冊ほど購入することにした。

購入リストに漏れた一冊は、二年半後に米国に戻った時に購入する、というメモが残されている。吟味した結果選んだ書籍は、大きく分けて楽曲の音楽的意味を分析する専門書と、楽曲の思想的意味を分析する専門書に分かれる。

目次や中身を閲覧しながら選んだ書籍のいくつかは、インディアナ大学出版やオックスフォード大学出版など、私が好む出版社のものが混じっていた。書籍をあれこれ検索している最中、ドイツの哲学者テオドール・アドルノが執筆した “Beethoven: The Philosophy of Music (1998)”という書籍を偶然発見した。

テオドール・アドルノは、私の恩師でもある発達論者オットー・ラスキーが直々に師事していた人物である。ラスキーはアドルノの指導の下、ヘーゲル哲学に関する博士論文を執筆しただけではなく、アドルノから芸術に対する哲学的な解釈なども学んでいた。

それ以上に、アドルノ自身が哲学者のみならず、作曲家でもあったことから、ラスキーも大きな影響を受けていたようだ。実際に、アドルノのみならず、ラスキー自身も作曲家であり、「認知音楽学」という学問分野を確立したことでも知られている。

私が今から四年前、ラスキー博士のご好意もあり、マサチューセッツ州郊外の自宅に招いていただいた時、発達心理学や哲学の話だけではなく、絵画の話をしていた。絵画の話と言っても、ラスキー博士が長らくのめり込んでいたデジタルアートについてであり、デジタルアートを描いてみてはどうか、という提案をラスキー博士が私に持ちかけてくれたことが懐かしい。

そういえば、あの日、ラスキー博士の自宅での会話の中で、作曲に関する話が一切出てこなかった。ラスキー博士は、ある時期まで集中的に作曲活動にのめり込んでいたようであり、ドイツからアメリカに渡った理由も作曲活動に打ち込むためであったと聞いている。

しかし、ある時から作曲活動を止め、今はほとんど音楽を作っていないようなのだ。その時も、音楽に関する話は全くなかったように記憶している。

その場で仮に音楽の話が出てこなくても、今の私が作曲というものに強い関心を示しているのは、ラスキー博士の影響が少なからずあるのではないかとふと思った。その影響は直接的なものではなく、音楽と意味との関係性や、音楽と言語との関係性など、ラスキー博士の関心が間接的に私の関心を刺激しているかのように映った。

久しぶりにラスキー博士のウェブサイトを訪問し、彼が認知音楽学について執筆した論文を読んでいこうという思いになった。おそらくラスキー博士が執筆した発達理論に関する二大書籍 “Measuring Hidden Dimensions: The Art and Science of Fully Engaging Adults”と “Measuring Hidden Dimensions of Human Systems”を含め、人間発達に関する論文はほぼ全て読んできたように思う。

しかし、ラスキー博士が認知音楽学に関する多数の論文を執筆していたことを知りながらも、これまで私はそれに関する論文を一本も目を通したことがなかった。だが、それらを読むべき時がようやく来たように思う。

ラスキー博士がフランクフルト大学で博士号を取得した後に生活拠点を移したオランダの地に今の私が存在しており、オランダの地で再び彼の仕事に立ち返ることになるとは思ってもいなかった。やはりラスキー博士は、私に大きな影響を与え続けている師なのだと改めて思う。2017/4/26

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