959. マイナスの世界と明晰夢


依然としてして寒さが残るフローニンゲンの日々の中でも、今朝は特に寒さを感じた。気温を確認すると、その瞬間の外気は零度であり、最低気温はマイナス二度であった。

四月も終わりに差し掛かろうというのに、フローニンゲンでは、最適気温がマイナスになることがあるのだと知った。今朝の寒さは、フローニンゲンの冬の時期を思い出させた。

外の気温がマイナスの時には、世界が不思議な空気に包まれているように感じていたことを思い出したのだ。マイナスの世界には、凜とした固有の静けさがあり、同時に身も心も引き締めるような空気が流れている。

今この瞬間も確かに寒さが残っているのだが、冬の寒さとは質的にやはり異なる。あの凜とした静けさと全てのものを凝縮させるような冬の時代が幾分懐かしい。 昨日は、髪を切ってもらいにかかりつけの美容師のところに行った。いつもお世話に成っている美容師のロダニムと、昨日も様々な雑談をしていた。

ロダニム曰く、昨年は四月のこの時期に雪が降ったそうだ。ロダニムの視点はいつも私に新たな気づきを与えてくれるのだが、昨日も、春が到来したと勘違いをしてしまった動植物に関する話をロダニムが持ち出した。

確かに、数週間前の暖かさであれば、春がやってきたと動植物たちが勘違いをしてしまうのも無理はない。しかし、寒さが逆戻りすることによって、誕生しかかっていた春の花々や新たに誕生した生物たちが死滅してしまったことをロダニムが指摘していた。自然は時に残酷である。

帰宅後、書斎の窓から見える木々を確認したところ、これまで少しずつ咲いていた白い花々の姿が見えなかった。つぼみに戻ったのか、あるいはこのところ断続的に降っていた雨によって散ってしまったのだろうか。

その様子に対して、少し残念に思いながらも、再びこの木々に白い花々が咲き誇る日を私は信じていた。

今日は、午前中から論文の執筆に取り掛かり、昼食までに目安の箇所まで執筆を進めることができた。昼食後に少しばかり仮眠をとると、久しぶりに明晰夢を見た。

木で作られた小さな道が海の上に浮かんでおり、それは地平線の彼方に向かって伸びていた。私は、ただゆっくりとその道を海岸から遥か先の地平線に向かって歩いていた。

これは明晰夢であったから、私は自覚的にその道を歩いていたと言える。しばらく自覚的にその道を歩いていると、昼寝の終了を告げる音楽が流れ出した。

昼寝を済ませると、午前中から昼食後にかけて執筆していた論文の内容が、自分の頭の中でさらに整理されているのがわかった。不純なものが削ぎ落とされ、そこまでの思考内容が一つの束に凝縮されたような感覚があった。

その感覚を持ちながら、午後から夜にかけて論文の残りを執筆していきたい。2017/4/19

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