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954. ヘンリー・デイヴィッド・ソローのように


昨日も怒涛のような流れの中で過ぎ去った一日であった。午前中から夜にかけて修士論文の執筆を行い、そこから就寝前に向けて、「創造性と組織のイノベーション」のコースで要求されている共同論文を執筆していた。

こちらの共同論文の提出期限は、今日の午後であるため、再度今朝に全体のレビューを行っておきたい。論文を書き続ける日が相変わらず継続しているが、明後日までに現在取り組んでいる三つの論文のうち、二つは完全に完成し、修士論文についても完成の目処が立つ。

今週の週末ぐらいは、研究と直接関係しないような読書をゆっくりと行いたいと思う。文章を書き続ける日々を過ごしながら、作曲活動も並行させていきたい。

内側の感情や感覚を言葉という形式だけを持ってして形にするのではなく、音楽という形式で形にしていくという試みは、今の私にとって無くてはならないものになりつつあるのを実感している。表現を待つ内側の現象が、メロディーとして絶えず動いているのがわかるのだ。

可能であれば、メロディーから曲を創造していくというアプローチを採用したい。作曲に関する最低限の知識を学ぶことも、今週末から開始したいと思う。 確かに現在は、時に外発的な動機から論文を読むことや文章を書くことを行うことを迫られることがある。これは、何かしらの教育機関の枠組みの中で探究活動を営もうとする場合に避けては通れないものだと思う。

しかし、受講しているコースで課せられるような論文であっても、それを自分の内発的な動機に従って読み、そして課題で要求されている論文を内発的な動機から執筆していくことを忘れたくはない。内側から湧き上がる純粋な動機と一体化するとき、諸々の活動が怒涛の流れの中で過ぎ去っていくように思えても、内側は常に静かな流れの中で進行していくはずだ。

昨夜の雨が止み、今朝は再び晴れ間の見える穏やかな朝である。今の私は、ヘンリー・デイヴィッド・ソローのような生活を送っている。

米国を代表する思想家かつ詩人でもあったソローは、ある時からマサチューセッツ州の郊外にある森の中で自給自足の生活を始めた。19世紀半ばから機械化や資本主義が進行し、社会の流れが慌ただしくなり始めた当時、ソローはいち早く、慌ただしい時間の流れの中で生かされている私たちの人生に批判と検証の目を向けた。

ソローは、外側の流れに翻弄されることを避け、内側の流れを大切にする人間であった。ソローは森の中に丸太小屋を建て、そこで自給自足の生活を送る中で随筆を書き続けた。

それに近い生活を今の私も送っているような気がしてならない。外側の怒涛の流れに翻弄されてはならない。内側の怒涛の流れと一体化する形で日々の生活を営んでいくのである。

内側の流れを発見し、それに逆らうことなくその流れの中で生きる時、静寂な感覚にきっと包まれるはずである。そうした人生を歩み続けることを忘れないようにしたいと思わせる朝であった。2017/4/18

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