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948. エマーソン、寺田寅彦、小林秀雄


私が敬意を払っている友人の一人が、小林秀雄の作品を集中的に愛読していたことを聞いてからしばらくの時間が経つ。昨日、別の知人の方とお話をさせていただいた際にも、その方が小林秀雄から多大な影響を受けていたということを聞いた。

これまで私は小林秀雄の作品を真剣に読んだことはないのだが、彼はどこか私の頭の片隅に常にいるような存在であった。実際に、次回日本に一時帰国した際に購入したいと思っていた和書のリストの中に、『小林秀雄全集第八巻モオツァルト』を入れていたことをふと思い出した。

小林秀雄の評論内容というよりも、文体を通して感じ取られる彼の存在を確かめてみたいという思いが少しずつ大きくなっている。その知人の方との昨日の話の中で、物理学者かつ文筆家でもあった寺田寅彦について言及があった。

小林秀雄と同様に、私の中で、寺田寅彦という人物も以前から気になっていた存在であった。生粋の物理学者でありながらも、研究や日々の生活で得られた何気ない体験を交えながら、随筆として科学の世界を多くの人々に開いた功績を知り、彼の文章に対しても非常に大きな関心が芽生えた。

日々の生活の中で、科学論文という形式に沿って文章を書くことに喜びを見出しながらも、同時にここ最近、日記や随筆という文章形式にも貴重な価値を見出していた私の関心と合致するものがある。随筆という形式によって表される世界とその価値について考えていると、そういえば、ラルフ・ワルド・エマーソンという米国を代表する思想家も随筆形式の文章を多く残していたことに気づいた。

実はエマーソンについても、彼の思想が気になって仕方ない時期があった。一人の人間が内在的に持つ無限性を信条とし、超越主義的哲学を打ち立てたエマーソンの名前を最初に知ったのは、米国の思想家ケン・ウィルバーの書籍を読んだ時であった。

その時は、エマーソンがどのような思想を持っていたのかを深く知ろうとすることもなく、それから数年が経った。二年前に一年間ほど東京に滞在していた時に、きっかけは忘れてしまったのだが、エマーソンの著作を読む必要があると思い立ち、彼の全集を文献リストに加えた。

随筆という形式について少しばかり考えを巡らせていた時に、再びエマーソンの名前が私の内側で浮かび上がり、時期が来たと思った。私は、即座に英国のアマゾンを通じて、エマーソンの全集を購入した。

一人の思想家と真剣に向き合いたいと思う時、私はその思想家の仕事を断片的に追うのではなく、全集を通じてその人物の仕事を辿りたいと常に思っている。先ほど購入したエマーソンの全集も800ページを超える大著だが、エマーソンの思想が今の自分にとって無くてはならないものだということを考えると、大著であろうとなかろうとそうしたことはほとんど関係ない。

エマーソン、寺田寅彦、小林秀雄にせよ、彼らが自分の内側の世界を絶えず言葉として表現し続けたからなのか、私を惹きつけてやまないものがある。そして彼らの文章を読むにふさわしい適切な時期というものが、私の中であるようなのだ。

エマーソンの文章は、今の私が読むべきものなのだと強く思う。2017/4/16

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