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923.【ザルツブルグ訪問記】モーツァルトの能力発達要因


いよいよザルツブルグを出発し、オランダに戻る朝を迎えた。起床直後、今回の旅がもたらした侘び寂びが私の中に依然としてとどまり続けていることに気づいた。

今回の旅を簡潔に総括することができないぐらい、旅が本質的に持つ自己回帰作用が複雑に自分の内側でうごめいている。この複雑に絡み合った糸を少しずつ紐解いていくとき、今回の旅が私にもたらした本当の意味がわかるだろう。

今はその意味を無理に掴み取ろうとする必要はない。私にできることは、今回の旅が私にもたらした本質的な意味の外側にある意味を探索し、それらを見出す過程を通じて、内側の本質に近づいていくことだろう。

本質的な意味は、それを包み込む外側の意味をつぶさに見出そうとする者だけに開示されるのだ。今回の旅がもたらした本質的な意味の外側を歩くように思考を巡らせていると、昨日訪れたモーツァルト博物館の展示資料を通じて、モーツァルトが幼少期の頃から音楽旅行と称して、欧州各地を旅していたことが妙に印象に残っている。

モーツァルトは、生涯の三分の一を旅に費やしたそうだ。記憶が正しければ、モーツァルトは六歳の頃にミュンヘンへ演奏旅行に出かけたことを皮切りに、それ以降、欧州各地を旅しながら自身の音楽を深めていった。

単なる観光ではなく、文化の異なる様々な場所で自身の音楽を披露し、演奏を通じて自分の音楽をより研ぎ澄ませていった様子が見て取れた。モーツァルトの才能が真に開花した要因は多数考えられるが、一つには文化的に異なる多様な人物との交流を通じた演奏旅行にあったことは間違い無いだろう。

他者との交流に関して、見逃すことができないのは、モーツァルトは優れた人的ネットワークの中でその音楽的能力を高度に鍛錬していったことだ。モーツァルトの才能をいち早く見抜いた音楽家でもあった父レオポルトの存在は、モーツァルトにとって非常に大きなものであったことが資料から読み取れた。

父レオポルトは、モーツァルトに音楽教育を施しただけではなく、語学を含めた一般教養教育をも施し、モーツァルトは学校に一度も行くことなく、広範な語学と教養を身につけることができた。

また、交響曲の父と称されるヨーゼフ・ハイドンもモーツァルトの才能にいち早く気づき、二人の年齢差は親子ほどのものがあったが、生涯にわたってお互いに学びを深めていったことがわかった。

その他にも、モーツァルトを取り巻く人的ネットワークには、音楽的な才能に恵まれた姉のナンネルの存在や、マリア・テレジアを含めた各国の王侯貴族の存在を忘れてはらないだろう。そうした多様なネットワークの中で、モーツァルトの才能が育まれていったのだとつくづく思う。

音楽の領域で傑出した人物や演奏の場を提供してくれる人物たちとの交流と、文化的に異なる多様な場所に出向き、演奏という実践を絶えず行い続けたことが、モーツァルトの音楽的能力を真に高めていったのだと思わされた。

モーツァルトの才能の発達過程を眺めていると、それは天賦の才能だけによるものではなく、取り巻く人々や環境の影響が非常に大きかったことが改めてわかる。内在的な才能と外在的な環境をもとに、モーツァルトは絶えず音楽を演奏し、絶えず楽曲を作るという膨大な量の実践を通じて、その才能を卓越の境地にまで高めていったのだと思うのだ。

ウィーンとザルツブルグでモーツァルトに関連する資料を四冊ほど購入したため、今後もモーツァルトの能力発達要因とその過程について密やかに探究を継続させたいと思う。2017/4/10

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