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915.【ウィーン訪問記】「ベートーヴェン記念館(パスクアラティハウス)」の記憶から


ザルツブルグに到着するまでに、もう一つだけ書き留めておきたいことがある。それは、昨日の最後に訪れた「ベートーヴェン記念館(パスクアラティハウス)」についてである。

この記念館は、ウィーンの街のほぼ中心に位置しており、ベートーヴェンが何年間かにわたってここで生活をしていたそうだ。ベートーヴェンはこの場所で生活をする中で、オペラ曲「フィデリオ」やピアノ曲「エリーゼのために」などを作曲したそうだ。

この記念館は、昨日の最初に訪れた「ハイリゲンシュタットの遺書の家」と比べて、随分と街中にたたずんでおり、二つの記念館の周囲の環境は非常に対照的であった。記念館の入口から建物の中に入ると、螺旋階段が見えた。

同時に、一人の老女が階段を上ろうとしている姿が見えた。その老女は、笑顔を交えながら、先に行くように私に合図をした。

彼女に挨拶をし、その合図に従い、階段の行く先を眺めると、階段が螺旋状に長く続いていることがわかった。なぜその老女が私に先に行くように合図をしたのかがわかった。

階段の傾斜が急な上に、その距離が想像以上にあるからであった。ようやく四階の受付に到着した際に、ベートーヴェンはこの階段を毎日上り下りしていたのかと思わずにはいられなかった。

記念館の中で真っ先に目に入ったのは、ベートーヴェンが弾いていたであろうピアノだった。このピアノを弾きながら、この場所でベートーヴェンは数々の曲を作り上げていったことが、その場の雰囲気からすぐさまわかった。

四階の窓からは、当時も存在していたであろうウィーン大学の姿を眺めることができた。所蔵されている資料をゆっくりと閲覧した後、私は静かに記念館を後にした。

そういえばふと、ハイリゲンシュタットの遺書の家にせよ、シューベルト記念館にせよ、記念館に置かれている署名用のノートに目を通すと、日本人がほぼ毎日のようにそれらの記念館に訪れていることがわかった。

一方、フロイト博物館に関しては、日本人はほとんど訪れていないことが署名用のノートからわかった。それらのノートを見ながら、私の中には、音楽的なものや心理学的なもの、そして哲学的なものが、ごたまぜの形で放り込まれていることに気づかされた。

そこには「人間の探究」という一つのテーマがありながらも、現在の私の内側に存在する様々なものが一つのまとまった形として姿を表すには、さらに多くの時間が必要なのだろう。ウィーンに向けた飛行機の中で読んでいた創造性に関する論文に触発される形で、私は自分が探究していこうと思っている領域を改めて書き出していたことを思い出した。

決して探究項目を細分化するのではなく、極めて抽象的な学問領域として書き出したにもかかわらず、その数は七つほどに及んでいた。自分が専門として探究する領域は一つではなく、現時点での段階では、少なくとも七つあることが自ずと理解できた。

それら七つの領域のそれぞれに対して、一つの領域を一生涯かけて探究した場合の深度と同じ地点に到達できるようにしたい。ベートーヴェンが毎日この家の階段を上ったように、私も自分の探究領域が持つ階段を一段一段登りたいと思う。

パスクアラティハウスから宿泊先のホテルに向けて戻る道中、私の頭の中はそのような思いで一杯だった。列車の車窓から景色を眺めると、先ほどまでの田園風景が少しばかり姿を変えた。

目に入る住居の数が多くなり、町の姿を持った景色が広がっている。ザルツブルグまで後20分ほどになった。2017/4/5

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