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836. ここからの十年:神保町での古書店の記憶から


今日は本当に暖かい。吹き抜ける風の肌触りも、降り注ぐ太陽の暖かさも、今日が春であるということを疑う者は、この街に誰一人もいないだろうと思う。それぐらいに、今日は春を感じさせてくれる日である。 先ほど昼食を摂りながら、ふと、ここからの十年について思いを巡らせていた。黄色いタイムラインが脳裏に浮かび、その上を私は歩いていた。

すると、突如として、一昨年に日本に滞在していた時のある記憶が蘇ってきた。それは、神保町のある古書店での出来事だった。 店主:「えらく熱心に書籍を選ばれてましたね」 :「ええ、とても興味深い書籍がたくさんあって、どれを購入しようか迷ってたんです」 店主:「いや〜、最初は冷やかしかと思いましたよ。というのも、洋書を部屋のインテリアとして飾る人が増えてるんでね」 :「そうなんですか、部屋のインテリアとして洋書を・・・」 店主:「ええ、そうなんですよ。それでは、これらの書籍は『こうひ』で購入されますか?」 :「『こうひ』?」

店主:「えっ、違うんですか。てっきりこの量を見て、公費で購入されるのかと思いました」 :「あぁ、今「こうひ」の意味がわかりました〜。いえ、公費ではありません」 店主:「私ね、あなたのように、在野で研究する人を応援したくなるんです。ほらっ、あそこの棚にあるキルケゴール全集が見えますか?」 :「ええ、それもさっき気になっていました(笑)」 店主:「そうですか(笑)あの全集はですね、キルケゴールの哲学を探究していた在野の研究者の方から譲り受けたものなんです。その方は、サラリーマンをしながらも、死ぬまでキルケゴールの哲学を探究し続けたんです」 :「・・・そういう方もいらっしゃるんですね・・・」 店主:「その方は残念ながらもうお亡くなりになられていますが、あなたを見ていると随分とお若いですが、その方を思い出すようで・・・」 神保町にある洋書を専門に取り扱う古書店で、一人の店主と交わしたやり取りを、私はなぜだか思い出していた。その時の店主の言葉が強く私の脳裏に焼き付いている。

どこかの学術機関に属することもなく、生涯を通じてサラリーマンをしながらも、キルケゴールの哲学を探究し続けた名前も知らない人物に対して、私は親近感と共に、大きな励ましを得ていた。

その時の私は、フローニンゲン大学に所属することが決まる前の時期であり、その直近の二年間において、私はどこかの大学に所属するわけでもなく、自らの探究活動を続けていた。そうしたこともあり、私は、キルケゴールの哲学を在野で探究し続けたその人の情熱に感化されるものがあったのだろう。

顔も名前も知らず、そのような生き方をしていた人がいるという話を間接的に耳にしただけなのに、その方の情熱が私に乗り移ってくるかのような感覚があった。ここに私は、一人の人間の肉体が朽ち果てようと、その人間が追求した精神性は永遠に形を残すことを見たのだ。 昼食をゆっくりと口に運びながら、そのような回想をしばらく行っていた。今この瞬間を生きることに全てを捧げたいと常々思っているが、ここからの十年に関する計画がないわけではない。

理想としては、合計でオランダに三年間ほど滞在した後は、米国に戻り、そこで博士課程を含めて五年か六年をその地で過ごしたいと思う。その後、可能であれば、どこかの大学で教授職を得るのではなく、ハンガリーに三年間ほど滞在しながら二つの目の博士号を取得したい。

この計画がどこまで実現されるのかわからないが、今の私にとって、その計画は理想的なものに映る。オランダでの三年目はおそらく、フローニンゲン大学に所属するという形ではなく、再び無所属の在野の研究者になり、その一年間を、フローニンゲン大学の教授陣との共同論文執筆に充てたいと思う。

ある組織に所属しなければ実現できないことがある一方で、ある組織に所属すると実現できないことがある。組織に所属していないからこそできる探究活動に一年間ほど励みたいという強い思いがあるため、オランダでの最後の年は、再び在野の研究者になるのではないかと思う。

自分でも、ここからの十年がどのような足取りになるのか未知であり、同時に楽しみでもある。名前も知らないキルケゴール哲学の探究者の方が、永遠の世界に参入したように、ここからの十年が永遠の中に刻み込まれるように、私も毎日の仕事に取り組みたいと思う。2017/3/16

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