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755. 三つのリサーチクエッション


昨日、ドビュッシーのピアノ曲が流れてきた時、思わず仕事の手を止めた。そこには、私の身も心も、そして時間すらも溶かしてしまうかのような甘美な旋律が流れていた。

この曲にはどこか、今の自分の感情を変容させるような不思議な力が込められていたのだ。ドビュッシーは印象主義を代表する作曲家であると言われているが、印象主義の優れた曲というのは、私たちの心身と時間を溶解させることによって、新たなものを私たちの内側に再構成させるような力を秘めているのかもしれないと思った。

ドビュッシーのピアノ曲を集めた三時間半に及ぶ音楽をこれから繰り返し聴くことになるだろう。

昨日は夕方から、研究論文の執筆を行っていた。今回の研究の核となる概念や理論を説明する箇所の執筆が、昨日無事に完成した。

完成したと言っても、これから何度も推敲を重ねていくことになると思うが、とりあえずひと段落着いたのは間違いない。論文アドバイザーのサスキア・クネン先生から、今回の研究の性質上、概念や理論に関する説明の箇所は8-10ページをめどにすると良いと助言を受けていた。

実際に書き終わってみると、12ページぐらいの分量となった。そのため、不必要な箇所を削り落とす作業や、より最適な言い回しを模索することを通じて、分量を落としていくことが今後求められるだろう。

夕方から執筆をしていたのは、リサーチクエッションの箇所である。今回の研究で鍵を握る概念は三つあり、それらは順番に、変動性、アトラクター状態、シンクロナイゼーション(同調現象)である。

当初は、それらの概念を説明する箇所の最後にリサーチクエッションを盛り込んで行こうと思っていた。一つの概念をする過程の中で、既存の研究で抜け漏れている点を指摘しているため、論文のストーリーとして、同じ段落内にリサーチクエッションを盛り込んだ方がいいのではないかと考えていたのである。

だが、今のところそのアイデアを採用することは控えている。優れた学術論文を読めば読むほど、それらの特徴として、ストーリーを伴った構成美がそこに具現化されている。

つまり、一つ一つの章立てと一つ一つの段落などが全て、そのようにそこに並んでいなければならない必然性の元に配置されているのだ。一つの段落から次の段落へ移るための、なめらかな流れがそこに生まれており、それは章の移行に関しても当てはまる。

そうした流れが一つの見事なストーリーを生み出しているのである。優れた学術論文には、そのような特徴があるように思える。

そうしたことを考えると、当初の案を仮に採用してしまうと、章の中にいくつもの重要な主張を盛り込むことになってしまい、一つの章の中に込める重要な主張は一つという論文の型を崩すことになり、それが論文全体の構成美を損なうことになってしまうと危惧したのである。

そのため、概念や理論の説明を終えた後に、再度改めて別の章立てとして、リサーチクエッションを取り上げることにしたのだ。

これは研究者として当たり前のことかもしれないが、自分が立てたリサーチクエッションに分け入って行くことが楽しみで仕方なく、三つのリサーチクエッションを立てた後に、すぐさまデータを解析してみようと思い立った。

一つ目のリサーチクエッションは非常にシンプルであり、成人学習において、教師と学習者は、教室空間上のやり取りの中でどのような種類の変動性を見せるのか、というものである。

今のところ、このリサーチクエッションに対して、スペクトラル解析を活用し、複数回行われる各クラスの中で、教師と学習者がどのような種類の変動性(例:ホワイトノイズ、ピンクノイズ、ブラウンノイズ)を持っているのかを分析していこうと思う。

数日前に図書館で、同じプログラムに所属するドイツ人の友人であるジェレミーがコンピュターと向き合いながらデータとにらめっこしているのを発見し、思わず声をかけた。ジェレミーも変動性のタイプ分類を研究の中で取り上げており、彼はどうやら「トレンド除去変動解析(Detrended Fluctuation Analysis)」を活用するとのことであった。

その時の私の理解では、トレンド除去変動解析にせよ、スペクトラル解析にせよ、どちらもともに変動性のタイプ分類を行うことに活用できるという知識しかなく、両者がどのように異なるものなのかについて、知識が欠落していることに気づかされた。

帰宅後に、あれこれ調べてみたのだが、まだ両者の違いを明確に掴めていないため、非線形ダイナミクスの専門家であるラルフ・コックス教授の研究室を再来週あたりに訪れる時に、両者の違いについて質問してみたいと思う。

とりあえず、このリサーチクエッションに対して、スペクトラル解析を適用してみたところ、面白いことがわかった。まずは、基本的にブラウンノイズのような極度に安定的な変動性を教師・学習者ともに見せることはなかった。

そして、あるクラスにおいては、教師はピンクノイズを発していながらも、学習者は変動性が激しいホワイトノイズを発していることがあった。また別のクラスにおいては、教師も学習者もともに、ピンクノイズを発していることがわかったのである。

これらはとても興味深い発見事項であった。ただし、それらはあくまでも、データに対してスペクトラル解析を適用した結果として浮かび上がる記述的説明に他ならない。

自分の中で全くもって面白くない論文は、このように記述的な説明のみで終わるものである。私はそこから、得られた発見事項のさらに裏にある事柄を考えていきたいと思う。

例えば、どのような要因で、教師がピンクノイズを発していながらも、学習者はホワイトノイズを発していることがあるのか。あるいは、どのような要因で、教師と学習者がともにピンクノイズを発していることがあるのかを探究していきたい。

この分析は、発話データを全てカート・フィッシャーのダイナミックスキル理論で定量化したデータセットに対して実施した。もう一つ、教師と学習者間の行動分類に関するデータがあるため、そのデータを巧く活用することによって、上記の事柄に迫っていけるのではないかと考えている。

スペクトラル解析に時間を費やしたため、二つ目と三つ目のリサーチクエッションに関しては、それらを立てた後すぐに分析をすることができなかった。今後の自分の方針を明確にする上でも、簡単に残り二つのリサーチクエッションとそれらにどのように迫っていくのかを書き留めておきたい。

二つ目のリサーチクエッションは、教師と学習者のクラス内における行動に焦点を当てたものである。具体的には、両者を二つの動的なシステムに見立て、状態空間上に二つのシステムの振る舞いをプロットした時に、時間の経過に応じてどのような種類のアトラクター状態が出現し、そのアトラクター状態がどのように変化していくか、というものである。

今回の私の研究対象は、成人の学習者であり、彼らの行動というのは、クラス内における言語的振る舞いを指す。例えば、自発的回答、受動的回答、オープンクエスチョン、クローズドクエスチョンなどのように言語的振る舞いをカテゴリー分類している。

同様に、教師の振る舞いに対してもそのような分類を行うことによって、教師と学習者がどのような行動をインタラクションの中で見せるのかを、状態空間分析という手法を使って分析していくつもりである。

状態空間分析を用いれば、教師と学習者が一つの安定的な行動パターン(アトラクター)を見せることがあるのかどうか、さらには、一つの安定的な行動パターンから別の安定的な行動パターンに移るプロセスを視覚的に捉えることができる。

状態空間分析専用のソフトウェアを「複雑性と人間発達」のクラスで取り扱ったので、この分析に関するイメージは既にできている。このソフトウェアを活用するために、あとは少しばかりデータの形を整えることが必要だろう。

今のところ最後のリサーチクエッションとして予定しているものは、クラス内の教師と学習者の行動はシンクロナイゼーションを起こしているのかどうか、さらには、起こしているのであれば、それぞれのクラスにおけるシンクロナイゼーションの度合いはどれほどなのか、という問いである。

ダイナミックシステムの肝として、二つのシステムが仮に強く結びついていれば(カップリングされていれば)、シンクロナイゼーションが起こるという特徴がある。二つのシステムがシンクロナイゼーションを起こしていれば、二つのシステムは強く結びついているという逆の関係が成り立つのかについてはもう少し考えてみなければならないが、このリサーチクエッションでは、シンクロナイゼーションの存在を突き止め、その度合いを測定するために、交差再帰定量化解析(CRQA)という解析手法を活用するつもりである。

こちらに関しては、理論的な説明とMATLABというプログラミング言語を活用した実習を「複雑性と人間発達」のコースの中で行ったが、個人的には、Rというプログラミング言語の方が私にとって馴染みがあるので、独学でCRQAをR上で行えるようにしている。

実際に、数週間前に試しにCRQAをR上で行ったところ、うまく解析作業を進めることができたので、Rを用いてこのリサーチクエッションに迫っていきたいと思う。

上記三つのリサーチクエッションに対して、本格的にデータ分析をするのは、データの形を整理し、ラルフ・コックス教授を含めて、それらの分析手法に精通した専門家に意見を求めてからのことになるだろう。

いずれにせよ、どのような結果が得られるか楽しみである。2017/2/18

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