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754. 飛び去る二羽のハト


先日受けたインタビュー記事の原稿に加筆・修正を加える作業がひと段落ついたところで、昼食前にランニングに出かけた。ランニングの足取りは非常に軽く、フローニンゲンの今日の重々しい空模様をはねのけるようなエネルギーが私にはあった。

いつもは、座禅のような意識状態を通じて、走るという行為に没入しているため、それはあたかも「走禅」と形容していいようなものである。だが今日は、心拍数の波をかき乱したいという思いが強く湧き上がった。

そのため、インターバル走を行うように、ペースを上げ下げするという走り方をしていた。ランニングの途中、ある大通りを走っていると、二羽のハトが私の走るコースの上に姿を現し、私の走るペースよりも早い速度で低空飛行のまま前進していた。

二羽のハトが現れた瞬間、私はとても嬉しい気持ちになり、笑顔が漏れた。同時に、二羽のハトが私を置いていくほど早く飛び去って行った瞬間に、なぜ自分は絶えず誰から置いていかれる存在なのかを考えざるをえなかった。

なぜ私は常に誰かの後ろを走り、置いていかれる存在なのかということである。だが、そうした思いに囚われそうになった瞬間に、飛び去ったハトは私に他ならず、私は常に私の後を追いかけているのだということがわかり、たまらなく嬉しくなった。

これなのだ。今朝目覚める直前に見た夢が私に教えてくれていたのは、これだったのだ。

部分が新たな全体を構成するという不断の流れが存在するというのは、この感覚のことを言うのである。つまり、二羽のハトが飛び去るのを見て気付かされた、自分が追いかけている存在というのは、もう目の前に差し迫った新たな全体を持つ自己なのだ。

それに気づいた時、通りを走る私の一歩一歩が、私の部分の躍動であり、新たな全体が生まれる祝福に思えてしかなかったのだ。私はそのような幸福感に包まれたまま、ただ前を見据えて走り続けていた。

一人の人間が生きる歩みというのは、誰かになろうとするために存在するのではなく、徹頭徹尾、自分が自分になるために存在するのではないだろうか。2017/2/17

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