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737. 能力の文脈依存性の正体:「超高速認知」の存在


今日の午前中は、「複雑性科学とタレントディベロップメント」のコースで課題となっている論文に目を通していた。偶然ながらその論文は、私がロサンゼルスで生活をしていた時に購入した “Toward a unified theory of development (2009)”に収められているものであった。

書斎の本棚からその書籍を取り出し、確認してみると、課題となっている論文に関しては、数年前の私は一度も目を通していないことがわかった。当時の私は、この書籍に収められたカート・フィッシャーとポール・ヴァン・ギアートの共著論文を中心に、18本の論文のうち、11本の論文に関心を持っていたことが、書籍の中の書き込みを見てわかった。

その時の私は、今日読むことにした論文 “Soft-assembled mechanisms for the unified theory”にはどうも関心がなかったようである。だが、今日この論文を読んでみて、非常に示唆に富んだものであることがわかり、実際に、新たな観点を私にもたらしてくれた。 カート・フィッシャーやポール・ヴァン・ギアートを含め、ダイナミックシステム理論を発達科学に適用した科学者たちが強調しているように、私たちの知性や能力は文脈に左右される。つまり、置かれている文脈が異なれば、発揮される知性や能力の種類が異なり、そして種類のみならず、そのレベルが異なるのだ。

こうした発想は、ケン・ウィルバーやロバート・キーガンの発達理論ではあまり明瞭に語られていないが、近年の知性発達科学の動向に敏感な人であれば、非常に馴染みのある考え方だろう。ただし、そもそもなぜ私たちの知性や能力が文脈によって変動するのかについて、疑問に思ったことはないだろうか。

これについては、私も以前から疑問に思っていた。これまでの私はどちらかというと、私たちは過去の経験や知識をもとに、意識空間内にある種の規則や法則のようなものを作り出し、外側の文脈が変化することに応じて、内側で構築したそのような規則や法則をその都度発揮するようなイメージを持っていた。

結論から述べると、これはあまり正しくないイメージであることがわかった。

実は、今回の論文のタイトルにも含まれている “soft assembled”という用語を数年前から目にしていたのであるが、その用語の意味をいまいち掴めないままこの数年を過ごしていた。実際のところ、知性や能力の発達に関して探究を進めれば進めるほど、自分の中で正確に説明できる概念というのはごく僅かであり、未だ無数の概念が説明できないものとして私の内側に放り込まれている。

今日は、そのように意味を正確に掴んでいないもののうちの一つの概念にようやく光が当たったと言える。私たちの知性や能力が “soft assembled”されているというのは、知識や経験に基づくアルゴリズムのような固定的な法則性を発揮して文脈に適応するのではなく、知識や経験がより緩やかに構成される形で瞬刻瞬刻の文脈に即座に対応していくのである。

ここが面白い点なのだが、緩やかに構成された知識や経験が即座に文脈に適応できるというのは、逆説的でありながらも不思議なものに映るかもしれない。一般的には、固定的なアルゴリズムをあらかじめ備えておいた方が、刻一刻と変化する文脈に即座に適応できるように思えるかもしれない。

しかし、これは実証研究から誤りであることがわかっており、そもそもそれは旧態依然とした行動心理学的な発想のように思える。つまり、私たちの知性や能力というのは、何らかの外部刺激があって初めて発動されるようなものではないのだ。

実証研究で明らかになっているのは、外部刺激がある以前から、何と私たちの知性や能力は絶えず準備をしているという特徴を持つことがわかっている。つまり、私たちの知性や能力は、外部刺激があって、それに対して固定的なアルゴリズムを突如として適用するのではなく、外部刺激がある前から、私たちの知性や能力は意識空間内に潜伏しており、いつでもそれを発動できる準備状態を絶えず維持しているのだ。

この違いはとても大きいため、簡単に言い換えると、前者の発想は、知性や能力は文脈による何らかの刺激があって初めて現実世界に姿を表すイメージを持っているのに対して、後者の発想は、知性や能力は刺激がある前から意識空間内に準備状態で存在しており、文脈からの刺激が変化するごとに、柔軟に形を変えながら現実世界に姿を表すイメージを持っているのだ。

これを実証する研究として、「超高速認知(ultrafast cognition)」と呼ばれる現象が明らかになっている。興味深い実験としては、スクリーン上に鳥と車が映し出されることを被験者に伝え、実際に車が映し出された時に、被験者が過去の知識と経験から生み出した鳥と車の違いに関する概念分類(アルゴリズム)を適用するよりも遥か先に、スクリーン上に映し出された車を察知していることが証明されている。

このように、対象を既存の規則や法則に当てはめて認識するよりも圧倒的に早く、私たちは対象物の存在を捉えることができるのだ。こうした認知能力の存在は、知性や能力が持つ文脈依存性という特徴をより明らかなものにしてくれる。 私たちの知性や能力は緩やかに構成されているからこそ、その中に揺らぎがもたらされ、瞬間瞬間の文脈の変動に柔軟かつ即座に適応できるように思われる。仮に、知性や能力が固定的に構成されているのであれば、そのような瞬間瞬間の変動に対して適応することは難しいだろう。

まさに、上記で紹介した実証研究が示すように、私たちは過去の経験によって構築したルールを文脈に対して単純に当てはめているわけでは決してなく、私たちの知性や能力は、常に意識空間内に準備状態を維持しながら緩やかに構成されているのである。今この瞬間においてもそうだ。2017/2/11

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