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718. 論文執筆と日記について


今日は集中的に論文を書き進めた一日だった。英語で科学論文を執筆する愉しみと日本語で書籍を執筆する愉しみは、執筆過程での思考の働かせ方や言葉の紡ぎ出し方等を含めて、両者には色々と違いがある。

どちらも自分の言葉を一つ一つ構築していくことは共通しており、それは一つの建築物を建てているかのようである。だが、前者が精密かつ慎重に言葉を積み重ねていく中で、ようやく一つの小さな建築物が出来上がる感覚を持っているのに対し、後者はより自然な流れの中で、大胆に言葉を積み重ねていくことによって、一つの大きな建築物が出来上がる感覚がするのである。

今日は、研究論文の中でも、数多くの論文を俯瞰的な視点で眺めながら、情報を一段高い次元でまとめ上げるような作業が要求される箇所の執筆を行っていた。要するに、今日の作業は、既存の発達科学の研究が抱える盲点の中でも最重要なものを取り上げ、それに関する数多くの見解を統合することによって、自分の主張を生み出していくようなことを行っていたのである。

それに付随して、論文の中で鍵を握る概念の説明や取り扱う理論の背景を説明する文章を執筆していた。ページ数で言えば、わずか4ページに満たない分量であるが、ほぼ一日中論文と向き合っていたように思う。明日はまた1ページほど論文を書き進めたいと思う。

今朝、起床直後に読み返していた文章は日記について取り上げているものだった。その記事を読み返しながら、日記が持つ意味について再び考え事をしていた。

私にとって日記というのは、日々の出来事を列挙することでは決してない。自分が日記に付与している意味は、日常の些細な出来事を通じた自己展開の過程を残すというものである。

また、私にとって日記を書くというのは、日々の生活の中で一つでも何かを掴みたいという藁にもすがるような思いから生まれる行為であり、何かを掴むことを通して生きている実感を掴むための行為でもある。

そうした行為を通じて、一人の人間の人生の中における一つの発達現象をつぶさに観察し続けることによって、私という一人の個的な点を突き破り、普遍的な発達原理を掴みたいと思うのだ。

人間発達の本質を司る叡智の果てに届くように、毎日の地上的な出来事を通じて自分が紡ぎ出す言葉をもとに、日々の日記を積み上げていくことが何よりも必要だ。そのようなことを思わさせる一日だった。2017/2/5

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