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670. 巨人の肩と生きた絵画


昨夜、今の自分の姿を的確に映し出すかのような夢を見た。その夢の具体的な描写をしてしまうと、説明が冗長になってしまうため、夢が表す本質的な意味を抜き出すと、一つの大きな壁を乗り越えたというものであった。

その壁は前人未到の高さを誇っており、いまだかつて誰も登ったことのないものであった。その壁を何とかよじ登り、完全にその壁を登りきることを象徴する夢であった。

壁を乗り越えた瞬間、そこから見渡す景色は非常に広大だったのだが、あまりの高さに幾分めまいのような感覚に見舞われた。より正確には、これほどまでに高い壁を乗り越えたことはなかったため、そこからの景色の高さに少し不安感がよぎっていたのだ。

しかしながら、その不安を払拭させてくれたのは、壁をよじ登る際に足を支えてくれていた他者の存在であった。文字通り、私は他者の肩を借りることによって、その壁をよじ登ることができたのだった。

夢の中の「他者」は友人だったのだが、私には、そのシンボルは「全ての先人」を表しているように思えて仕方なかった。「巨人の肩の上に立つ」という言葉にあるように、今の私は探究活動の際に、過去の先人たちの力を大いに借りているという意識が強くある。

まさに、彼らが残した業績の上に自分の探究活動があり、自分の探究活動は、彼らの業績の上にさらに新たなものを積み重ねていくことだという自覚があるのだ。そうした自覚と共に、日本への一時帰国を経て、自分がまた違う場所に辿り着いたという確かな感覚が、昨夜の夢を生み出したのかもしれない。

そろそろ欧州で生活を始めて六ヶ月となり、それらの期間に自分の内側に堆積されていたものが、徐々に新たな一つの形になっていくのがわかる。その進行は緩やかに、しかし、絶えず行われていたものなのだと改めて知る。

一つの大きな壁を登ったというのは、これまでの知識や経験が一つの総体として形を成したことを暗示していたのだろう。人間の発達は永遠に継続されるものであるがゆえに、壁を乗り越えた今の私には、また新しく、そしてより大きな壁が静かに自分の目の前にたたずんでいることを知る。

巨人の肩の上に立ちながら、再びこの新たな壁をよじ登ることに向かっていきたいと思う。昨夜の夢を回想し、私は書斎に置いている本棚近くのソファに深く腰掛けた。

そして、そこから窓を眺めた時、窓を通じて見える景色が生きた絵画だということに気づいた。これは初めての気づきであり、なぜこれまでの自分が窓を窓としてしか見ていなかったのか不思議でならない。

縦90cm横150cmほどの長方形の窓枠が額縁となり、キャンバスに描かれている絵画とは、窓越しから見える刻一刻と変化する景色に他ならない。私は毎日、常に窓越しから見えるこの生きた絵画作品を鑑賞しながら探究活動を進めていたのだ。

この生きた絵画は、一日の時間帯に見せる色合いが時間帯によって異なる。朝の闇から始まり、日の出、日中、夕方、そして夜の闇へと彩りを変えていく。

さらには、季節ごとの表情も異なれば、通り過ぎる飛行機雲や空を舞う鳥たちも、この絵に様々な表情を与えてくれるのだ。仕事の手を止め、顔を上げると、常にこの窓枠から見える生きた絵画が視界に入る。

この景色は、片時も自分と離れることはなかったのだ。そのようなことを思うとき、窓から見える景色も巨人に他ならず、自分を大いに励まし、そして常に支えてくれる存在なのだと強く実感する。2017/1/20

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