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660. 自然からの恩恵と精神の鍛錬


辺りが一面雪景色に変化を遂げたが、変わらずに毎日を過ごしている。今日は、新年最初のクネン先生とのミーティングがあった。

先生とのミーティングは、月曜日の昼食前の11時から行われることが定番となっている。10時過ぎまで自分の仕事を進め、そこから支度をして自宅を出発した。

いざ白銀世界に一歩を踏み出してみると、実に新鮮かつ神妙な気持ちに包まれた。自宅の玄関側は、日中の時間帯にはちょうど日が当たらないため、玄関側の道路には雪が多く残っている。

溶けずに残った雪を踏みしめながら、私は先生の研究室に向かった。私の自宅の近くには、幾つかの運河がある。そのうち、流れの緩やかな小さな運河が凍っていたことに気づいた。

以前、クネン先生から話を聞いていたように、フローニンゲンの真冬には、運河が凍り、その上でアイススケートができるとのことであった。先生の話の通りのことが目の前に起こっており、確かにこの状態であれば、運河の上をアイススケートができると思った。

なぜだか、そのことに対して少し滑稽に思い、思わず笑みがこみ上げてきた。同時に、一面が雪景色に変貌しているにもかかわらず、それほど寒さが厳しいものではないと感じるようになっていた。

確かに、気温はマイナスなのだが、不思議なことに寒さをそれほど感じないのだ。当然ながら、防寒対策をして外出をしているという表面的な理由もあるだろうが、それ以外に重要な理由がある気がしている。

先生の研究室に向かう道中、その理由について考えていた。白銀世界の中において、朝の太陽光の有り難さが身にしみてくる。そして、優しい冬の太陽光が一面真っ白な雪景色の中でどれほどの美しさを放っていることか。

これらはどれも、フローニンゲンの街で生活を始めるまでは経験しようのなかったことである。結局のところ、自宅から一歩足を踏み出した瞬間に湧き上がってきたのは、非常に単純かつ純粋な喜びの感情だったのだ。

こうした喜びの感情が、どうやら外の世界の寒さをはねのけていたようなのだ。この街で毎日を過ごせることは、本当に嬉しい。一見すると陳腐な感情表現だが、それ以上でもなくそれ以下でもないのだ。

フローニンゲンという街で冬を過ごすことによって、自分の思考や身体がさらに引き締まったように感じる。あるいは、研ぎ澄まされてきたと表現してもいいかもしれない。

やはり人間は、外部環境から強い影響を受けるのだと改めて知る。特に、自然と人間のつながりには驚きを隠せない。人間が自然を形作るのでは決してなく、つくづく自然が人間を形成してくれるのだと実感する。

温暖な気候は、良くも悪くも、人間の精神を弛緩させるような働きを持つ。一方、寒冷な気候は、良くも悪くも、人間の精神を緊張させるような働きを持つのだとわかる。今の私は、フローニンゲンの冬の寒さによって、精神が程よく引き締められている。

こうした適度な精神的緊張の後に、春が来ればまた、精神が和らぐのかもしれない。これが自然のリズムと調和を成しながら精神生活を送ることであり、これが自然によって精神が育まれることなのだろう。2017/1/16

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