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642. 心のゆとりと豊さ


フローニンゲンに戻ってきて三日目の朝を迎える。昨日、再びこの街で地に足を着けて生きるための儀式として、ザーニクキャンパスにつながるサイクリングロードをランニングした。

幾度となく眺めてきた景色が私の心を深く落ち着かせる。このランニングのおかげで、心身の状態が整ったと言える。

実際に、昨日からようやく質の高い睡眠が取れるようになり、今朝は五時前に起床した。起床直後からは、これまで通りの朝の習慣的な実践を行い、もちろんオランダ語の学習も行った。

習慣的な実践を済ませると、ふと昨日の夕方のことが思い出された。昨日の夕方、日本から持って帰ってきたニッサン・インゲル先生の絵画作品を梱包からほどいた時のことである。

強烈な神聖さを醸し出すこの作品には、やはり圧倒されるものがあり、鑑賞中にしばしば自分がこの絵画に飲み込まれているのを実感する。より正確には、この絵画は私という存在と共振しているという点において、この作品と自己はもはや一体のものだと言っていいかもしれない。

この作品を書斎の壁に飾った時、心のゆとりと豊かさが極地に到達したように思えたのだ。そのような心境でこの作品を眺めていると、書斎の中に鳴り渡る流麗なクラシック音楽を知覚した。

心にゆとりをもたらし、心を豊かにしてくれる絵画と音楽に囲まれながら、自分が心から望む仕事に日々打ち込むことができている。これ以上望むことは他にないのではないか。そのようなことを昨日の夕方にしみじみと感じていたのだ。

心の奥底から外側へと滲み出る幸福感を覚えた時、自分が新しいものを掴んだように思えた。それは探究活動との真の意味での一体化である。

豊かさと平穏さで包まれた心のゆとりの中で、全てが自発的に進行していく感覚と表現していいかもしれない。この状態に至るまでに私は長い道のりを歩んできたように思う。

そして、ここからがスタートだという強い自覚が同時に芽生えているのだ。長らく心待ちにしていた感覚世界の中で日々を形作っていけることがどれだけ有り難いことか。

この起点の芽生えによって、これまでの探究姿勢が超越され、過去のものとは違う次元の質と量を伴った探究が自ずと行われるだろう。こうした自発的に進行する探究に到達して初めて、自分の仕事が真に深まり、一人の人間としての人格が陶冶され、世界に対する深い関与が徐々に実現されていくように思われて仕方ない。

この始まりを祝い、再び着実な足取りで前に進んでいきたい。2017/1/9

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