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634. シンクロナイゼーションという現象について


以前から仮設として設定していた考えが、自分の経験を通じてほぼほぼ実証されつつある。それは、「シンクロナイゼーション」と呼ばれる現象である。

この現象に強く関心を持ち始めたのは最近のことであり、仮設を立てたのは私がサンフランシスコで生活をしていた頃なので、今から四、五年前のことになる。

「シンクロナイゼーション」という現象に強く関心を持ったきっかけは、フローニンゲン大学で受講していた「複雑性と人間発達」というコースである。あるクラスの中で、私たちの日常世界には、シンクロナイゼーションという現象が多数存在していることを知った。

シンクロナイゼーションとは、名前の通り、ある現象と他の現象が同じような動きをすることである。より厳密には、二つの現象を何らかの基準で定量化し、時系列に沿った挙動を観察してみると、二つの現象が示す挙動の波が連動することをシンクロナイゼーションと呼ぶ。

例えば、チームスポーツなどでチームメイトとの呼吸が合い、連動した動きができるというのは一例だろう。また、お互いの意味交換の呼吸が合致し、調和のとれた対話が成り立つというのも一例だろう。シンクロナイゼーションは当然ながら、人間以外の動物にも頻繁に見受けられる現象だということがわかっている。

米国在住時代にこの現象に関心を持ったきっかけは、私の意識が他者の意識と密接に結びついているという確かな体験をしたことにある。印象に残っている一つの体験は、物理学者のデイヴィッド・ボームが考案した「ボームダイアローグ」という対話実践のグループに一年間参加していた時のものである。

このダイアローグは以前どこかで紹介したように思う。グループの参加者全員が円形になり、特定のアジェンダを設けることなく、静寂の中から一人の者が自身の深層から湧き上がる一言を発する。

その言葉を受けて、他の者が自身の深層から湧き上がる言葉を発していくという連鎖を通じてこのダイアローグが成立する。時には数十分から一時間程度沈黙が続くこともおかしなことではない。

しかし、そうした沈黙の最中にあっても確かな感覚は、グループの参加者と私の意識が繋がっているという実感であった。言葉を付け足すと、私たち各人が持つ個人の意識を超えたところに集合意識というものは確かに存在しており、その集合意識にアクセスした瞬間に、他者の意識とシンクロした現象が起こりうるという感覚である。

この数年間実験していた卑近な例は、他者がアルコールを摂取している場に自分を置き、自分はアルコールを摂取しない場合に、私の意識の状態がどのように変化するか、というものである。この数年間において何度かこの実験を繰り返したところ、驚くことに、鮮明な意識状態を維持しながら、アルコールを摂取した時と同様の、クリーム色をした綿菓子に包まれているような意識状態に参入できることがわかったのだ。

何度かこの意識状態に参入するうちに、この現象は、アルコールを摂取した他者の意識やその場の集合意識と私の意識が連動しているために引き起こされたのではないか、と思うようになった。

人間には、他者の意識や集合意識と繋がるような感覚器官が備わっているのか、あるいは人間の意識にはもともと、他者の意識や集合意識と繋がれるような特質を持っているのかもしれない。こうしたシンクロナイゼーションを引き起こす人間の意識は実に興味深い。

肯定的なシンクロナイゼーションとして、集団での創造性の発揮や集団が連動することによるグループ力などが例として挙げられるだろう。一方、否定的なシンクロナイゼーションとして、集団暴動や集団狂気などが伝染拡大することが例として挙げられる。

来年か再来年辺りに、シンクロナイゼーションのメカニズムとプロセスを研究対象として取り上げたいと思う。2017/1/6

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