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621. 去来した想い


宿泊先のホテルに到着すると、ヘルシンキから成田まで一睡もしなかったせいか、さすがに疲労が溜まっていることに気づいた。実質的に東京で活動できるのは明日のみであるため、明日に備えて午後八時半に就寝した。

早朝四時に起床し、疲労感も取れていたのだが、もうひとサイクルほどレム睡眠とノンレム睡眠を回したいと思って再びベッドに戻ったところ、結局、そこから五時間寝てしまい、目覚めると九時を過ぎていた。

そのおかげで、楽しみにしていたホテルの朝食を逃してしまうことになった。しかしながら、自分の胃腸の動きに意識を向けると、朝食を欲していないことがわかったので、朝食を抜いたことにより、胃腸を休めることができたのは幸運であった。

その後、三十分で支度をし、日本橋のTOHOシネマズに足を運んだ。日本で大ブームになった映画『君の名は。』を見るためである。

知人がこの映画を絶賛しており、何やら形而上学的な世界観が表現されていると聞いていた。鑑賞をしてみると、知人の言っていた通りだとわかった。

実は、オランダ到着後からの五ヶ月間、そして特にこの数週間、精神が違う世界に飛び込むことが多かったのだが、この映画はさらにそうした現象に拍車をかける作用を持っていた。ただし、この作品の持つ意味と私に与えた影響について言葉を紡ぎ出すことは今の自分にはできない。

映画を鑑賞した後、墨田区にある『すみだ北斎美術館』に足を運んだ。葛飾北斎の生き方と求道者としての精神は、私に大きな感銘を与えてくれる。そのため、この美術館には是非足を運ぶ必要があると思っていた。

日本橋から北斎美術館まで歩いていると、自分がこの国で生きることをまだ許されていないことを知った。そして、自分がこの国でいつか再び生活することを心から望んでいることが改めてわかったのだ。

この感情は悲壮感に近いかもしれない。数週間前、外出のために自宅の螺旋階段を下っている時に、「何としてでも客死だけはしたくない」という切実な想いがこみ上げてきたのだ。その想いと日本橋から北斎美術館までの道のりの中で去来した想いは近いものがある。

自分の仕事が真に自分の仕事として形を持ち始める60歳以降、自分はどのタイミングでこの国に戻ってきたらいいのかということに対して、ひどく当惑していた。今の私は、間違いなく究極的な一点に向けて絶えず歩みを進めているのだが、時折、その一点へ向けての歩み方に迷いを感じることがあるのも確かだ。

だが、迷いながらでも歩き続けたいと思う。そうした生き方を根底から肯定してくれるのが、北斎をはじめとした偉大な表現者たちだと信じている。2016/12/26

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