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604. スキャフォールディングに囲まれて


フローニンゲンの本日は、朝からしとしとと雨が降り注いでいる。午前中に取り掛かっていたのは、第二弾の書籍の構成案を練り直すことだった。

偶然ながら、昨日の日記の中で「スキャフォールディング」について取り上げていたように、まとまった量の文章を執筆する際には、構成を事前に練っておくことが重要になる。こうした構成案が、「間接的スキャフォールディング」となり、目次というフレームワークに沿う形でコンテンツが埋まっていくのだ。

文章の目次がなければ、コンテンツが一連の流れの中で生み出されることはないだろう。そうした体験からも、構成案を考えるという何気ない作業も、自分が文章を執筆する際に、間接的スキャフォールディングとしての役割を見事に果たしてくれているのだと実感する。 また、編集者の方からの的確なフィードバックも、まさに間接的スキャフォールディングだと言える。文章を実際に執筆するのは私であるため、他者が直接手取り足取り文章を一緒に書いてくれるというような直接的スキャフォールディングは、基本的に起こりえない。

だが、編集者の方からの客観的なコメントによって、実際に執筆する文章の構成や内容がより良いものに洗練されていくのを見ると、まさにこれも間接的スキャフォールディングの一種だと言えるだろう。

往々にして、書籍は著者が単独で執筆しているように思われがちかもしれないが、実際には、編集者の方などの間接的スキャフォールディングを受けながら、形作られるものなのである。書籍というのは、著者と編集者の方との共同作品である、とつくづく思わされる。 ここから、研究者として、常に共同論文を執筆していくことの意義を見出したように思う。敬愛する発達科学者のカート・フィッシャーにせよ、ポール・ヴァン・ギアートにせよ、彼らは数多くの共同論文を執筆している。

彼らの研究者としての歩みを見ていると、研究者としての卓越性が開花されるためには、単独で研究や論文執筆を行っていてはならないのではないか、と強く思わされる。共同論文を執筆する際には、お互いに専門性を発揮しながら、双方向でスキャフォールディングの作用が生じている。

共同研究の最中、相互互恵的なスキャフォールディングを通じて、研究者は己の知識や技術を磨き、卓越の境地へ徐々に近づいていくような気がしてならない。現在、私は論文アドバイザーのサスキア・クネン先生の指導のもとに、研究を進めている。

クネン先生から、常日頃、どれだけのスキャフォールディングの恩恵を受けていることだろうか。その恩恵は絶大なものである。人間の発達において、どのような他者から、どのようなスキャフォールディングを受けることができるかは、非常に重要な点だと思う。2016/12/9

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