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580. 発達心理学者アネット・カミロフ=スミスの運命について思うこと


昨日、1970年代後半における構造的発達心理学の状況を理解することのできる論文 “The stage question in cognitive-developmental theory (1978)”を読んでいた。

この論文は、構造的発達心理学に多大な功績を残したジャン・ピアジェの段階モデルに関する著者のチャールズ・ブレイナードの論考に対して、様々な研究者が短いコメントを残す、というような形式になっている。

そもそもこの論文を読もうと思ったきっかけは、現在、ピアジェが残した仕事を再度辿り、私に影響を与えてきた数々の研究者に影響を与えたピアジェの発達思想をより深く理解したいと思ったことにある。

さらには、構造的発達心理学の世界における過去の研究や論争などを把握することによって、自分の専門領域の歴史に対する理解をさらに深めることができると考えたからである。この論文の執筆年代は非常に古いが、コメントを投稿している研究者はそうそうたる面々である。

新ピアジェ派の筆頭格であるジュアン・パスカル・レオンをはじめ、カート・フィッシャー、ジョン・フラベルなどがいる。その中でも、私が前々から気にかけていた、アネット・カミロフ=スミス(1938-)という英国人の女性の研究者がいる。

カミロフ=スミスは、もともとジュネーブの国際連合で同時通訳者として仕事をしていた。通訳者として、他者の言葉をそのまま伝えることを続けていく中で、自分の言葉を失いつつあることに気づいたカミロフ=スミスは、キャリアを変更することを考え、大学で再び学問を修めることを決意した。

彼女のエピソードは、私が知性発達科学の世界に飛び込んだエピソードと非常に似ており、強く共感の念を持った。というのも、カミロフ=スミスは、当初精神医学に関心を持っていたそうであり、キャリアを変更する際に、ジュネーブ大学の書店で “P”で始まる精神医学 “Psychiatry”のコーナーにある書籍に目を通していたところ、偶然ながら、同じく “P”で始まる “Psychology”のコーナーからジャン・ピアジェの専門書を手に取ることになったそうである。

手に取ったピアジェの書籍に感銘を受け、ちょうどその頃、ジュネーブ大学で教鞭をとっていたピアジェのクラスに参加することになったそうだ。そこからの彼女のキャリアについては言うまでもなく、80歳に近づいた今でもなお、現役の研究者として活動している。

カミロフ=スミスは、特に幼児や子供の発達を専門としており、脳科学と発達心理学を架橋するような研究も数多く行っており、発達科学に果たしてきた貢献は非常に大きい。そんな彼女も、ジャン・ピアジェという発達科学の巨匠との運命的な出会いがあったのである。

ピアジェから直接学びを得ているカミロフ=スミスは、当時のピアジェの様子を振り返り、「彼はカリスマ的な存在であった」と述べている。ピアジェが心理学と生物学を架橋することによって、発達心理学というフィールドを新たに開拓していった功績を考慮に入れて、多くの発達科学者は、ピアジェのことを心理学におけるアインシュタインだと表している。

それくらい、ピアジェの功績は大きく、彼がカリスマ性を持っていたということもうなづける。数年前のBBCラジオの特集で、カミロフ=スミスの対談インタビューが組まれており、それを聞いた時に、ピアジェのカリスマ性がカミロフ=スミスに伝承されているような感覚を受けた。

今もなお、多くの研究者から注目を集めるカミロフ=スミスは、ピアジェに似たようなカリスマ性を放っていると言える。私の身近な研究者について改めて思いを馳せてみると、カート・フィッシャーにせよ、ポール・ヴァン・ギアートにせよ、独特のカリスマ性を持っており、それらはきっと過去の他の研究者から伝承されたものなのかもしれない、と思わずにはいられなかった。

探究に関する熱量は、人から人へと受け継がれていくものなのかもしれない。そして、系譜を受け継ぐ過程の中では、運命的な出会いというものが、必ず存在しているのだと思わされた。

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