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534. ミクロ・メソ・マクロな発達


昨日は、これまで執筆した文章を読み返し、編集作業を行っていた。気がつくと、過去に投稿した記事のうち、200近くの記事が未編集のままになっていたのだ。

昨日の夕方から、三ヶ月前の記事をいくつか読み返し、追加・修正を文章に加えていた。すると面白いことに気がついた。三ヶ月前のそれらの記事は、ちょうど私が欧州小旅行に出かけたあたりのものである。

興味深かったのは、三ヶ月前の自分はもはやこの瞬間にはいない、ということであった。内面世界の絶対座標において、現在の私の位置と、三ヶ月前の自分の位置が異なることに気づいたのである。つまり、この三ヶ月の間に、自分の内面世界の中で、確かな変化があったことを掴んだのである。

文章を読み返しながら、自分はもうそのような場所にはいないことを知った。三ヶ月という時間軸は、発達科学の中においては「メソ」な時間に該当する。この三ヶ月間の中で、私がメソな発達を遂げていたということに気づけたことは、喜ばしい。

こうしたメソな発達が起こった要因は、やはり文章を書き続けたことが挙げられるだろう。外面世界との交流から生じる内面世界の現象を絶えず書くことによって、私はそれらの現象を掴みながら離れることができたのだと思う。

内側の現象を言葉によって捕まえることによって初めて、それを手放すことができる。そして、手放した先に、新たな自己展開が生まれるのだ。まさに、私にとって、文章を書くことの意義はそこにあるのだと改めて思った。

自己展開を継続させながら、自己と他者に深く関与していくこと。文章を書くことを抜きにして、そのようなことが実現されるとは到底思えない。永続的な自己展開と、自己と他者への深い関与の中に、自分の人生があるのであれば、文章を書くことが、自分の人生を生きることなのだと思う。

編集作業を続けていると、メソな発達のみならず、もう少し時間間隔の短い発達現象が時折見られた。それは、数日単位のミクロな発達である。このミクロな発達は非常に捉えにくいのだが、自分の文章を丹念に読んでいると、数日を単位として、自分の中で何かが着実に深まっているのがわかる瞬間がある。

数日前に取り上げていた対象に対して、新たな洞察を持って文章を書いていることや、同じテーマに対する自分の考えが、わずかではあるが深まっているのを発見することがある。これらは、ミクロな発達現象と呼んでいいだろう。

このようなミクロな発達現象が着実に積み重なり、メソな発達現象を引き起こしているのだと思う。そして、そうしたメソな発達現象があって初めて、年単位でのマクロな発達がもたらされるのだと思う。

マクロな発達を創出するためには、ミクロな発達を創出していくことが不可欠であることを、私たちは忘れてはならないだろう。この点は、ダイナミックシステム理論の根本原理と密接に繋がっている。

それは何かというと、私たちの知性や能力というのは、前の状態を受けて次の状態を生み出すということである。要するに、ある時点における状態は、次の状態を生み出すのに不可欠であると同時に、それに影響を与えるということである。

上記のように発達現象を大きく三つに分けて眺めると、ミクロな発達があって初めてメソな発達が生まれ、メソな発達があって初めてマクロな発達が生まれる、と言い換えることができるだろう。ここからわかるのは、ミクロな発達の重要性である。

思うに、日々のミクロな発達をどれだけ自分の中で認識し、どれだけそこに意志を持って関与していくかに、発達の最大の鍵があるのではないか。多くの人々は、マクロな発達ばかりに焦点を向けているが、彼らが内面的成熟を一向に遂げることがないのは、日々のミクロな発達を自らの手で掴もうとする意志も実践もないからだろう。

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