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479. 表現エネルギーの伝承


昨夜は、フローニンゲン大学教授ポール・ヴァン・ギアートの仕事に激しく圧倒されるということが起こった。一夜明けてみると、自分が随分と落ち着いた状態にあることに気づく。

日曜日の小雨の降る朝、午前八時を迎えようとしているのに、あたりはまだ暗い。窓の外からレンガ造りの家々を眺めると、家の中に明かりが灯っておらず、多くの人たちはまだ寝ているようだ。

あたりの暗さとは対照的に、私の部屋は煌々とした明かりに照らされている。私の内側にも再び明かりが照らされたかのようである。消し去ることのできない灯火を携えて、今日からまた仕事を継続させていこうと思う。

昨夜は、二つの関連した夢を見た。夢の内容は既に忘却の彼方にあるが、この夢のおかげで再び気力を取り戻したのではないか、と思っている。改めて、ポール・ヴァン・ギアートの仕事について考えていた。

発達科学の世界には、ロバート・キーガンにせよカート・フィッシャーにせよ、多くの巨人がいる。彼らの仕事を眺めていると、必ず自分を圧倒するようなものが含まれていることにすぐに気づく。

しかし、興味深いのは、彼らの全ての仕事が激しく自分を圧倒するかというと、そうでもない。実際には、ごく少数、往々にして一つの論文や書籍が傑出しているのだ。

こうした事実に気づいた時、もしかすると一人の人間は、本当に傑出したものをごくわずかしか生み出せないのではないか、と思うに至ったのだ。これは研究者のみならず、芸術家などの他の表現者にも当てはまるのではないだろうか。

確かに、一流の表現者は優れたものを生涯にわたって多く残すことができるが、本当に突出したものはごくわずかしかないのではないか。少なくとも研究者の場合は、そうした事実が当てはまっているように思う。

そういえば、「タレントディベロップメントと卓越性の発達」のクラスの中での議論を思い出してみると、一人の表現者が真に傑出したものをごくわずかしか生み出せないということだけではなく、それがいつ生み出されるのかも未知である、という話題が上がっていた。

つまり、卓越の境地に至る時期は、表現者ごとに異なり、さらには、卓越の境地の中で本当に優れたものを生み出す時期に関しても、個人差があるということである。ある者は40代の時に、別の者は60代の時に、真に傑出した産物をこの世界に残すことになる、というように。

上記の三人の発達科学者に限って言えば、彼らはともに、30代の後半から40代の前半にかけて、他者を寄せ付けないような仕事を残しているように思う。研究者にとって、傑作を残そうとすることは、一つの重要な動機付けなのかもしれないが、ここにはまた厄介な問題がはらんでいる。

というのも、こうした傑作を残すためには、心身のエネルギーのみならず、魂のエネルギーまで注ぎ込まなければならず、往々にしてそうした傑作がこの世に産み落とされた後は、表現者のエネルギーの絶対量が愕然と減退する傾向にあるのだ。

要するに、一つの大作を生み出すことができてしまったばかりに、その後の仕事のスケールが突如として小さなものになってしまうことが頻繁に見受けられるのである。これは表現者にとって極めて皮肉なことであるが、生命エネルギーに基づいて活動する人間にとって避けようのないことなのかもしれない。

最後に、もう一点ほど書き留めておきたい。昨日の出来事のように、真に傑出した作品は、私たちを打ちのめすような力を必ず持ち合わせているのだが、それに打ちのめされることは、表現者にとって——特に同じ領域で活動する表現者にとって——極めて重要なことなのではないかと思った。

なぜなら、作品に圧倒され、打ちのめされたということは、その作品に充満する表現エネルギーと真にぶつかったことを意味しているからである。つまり、私たちは傑作の中に込められたエネルギーと対峙することによって、そのエネルギーを自己に取り込むことにつながっているのではないか、ということである。

そう考えると、作品が傑出していればいるほど、その作品と真に対峙した際に、すぐに立ち直れないということが起こり得るのは非常に納得がいく。表現者としての自分の容量を遥かに凌駕するエネルギーが、自己に注ぎ込まれるのであるから、当然と言えば当然である。

このように、過去の偉大な表現者からエネルギーを享受することによって、新たな時代の表現者は、自分なりの優れた作品を残すことになっていくのではないかと思った。表現エネルギーの伝承は、表現することを宿命づけられた人間にとって不可欠な営みなのだろう。

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