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460. 自己を研究対象とすることについて

October 30, 2016

これまで発達研究で気になっていたことが一つある。それは、研究者が自分自身を研究対象するとする可能性についてだ。研究者が自分自身を研究対象とした場合、方法論上様々な問題を解決しないといけないと思うのだが、人間の発達プロセスとメカニズムを研究することに関して、これは一つ面白いアプローチだと思う。

 

近年の発達科学の研究では、発達のプロセスに着目することが重要であるという考え方が浸透しつつある。変化のプロセスを追いかけることは確かに大事なのだが、実際には継続的にデータを集めることが難しいという研究上の課題を残している。

 

仮に発達のプロセスに着目せず、ある支援策の効果を実証したい場合には、その策を導入する前後で測定を行えば事足りることが多い。しかしながら、発達のプロセスを観察しようと思うと、データを連続的に収集していく必要がある。

 

このような課題を乗り越えなければ、発達過程で何が起こっているのかを把握することができない。現在私が取り掛かっている研究の場合、例えばオンラインクラスの一回分の対話を分析すれば、そのクラスの中でどのようなことが起こっているのかを把握することができる。

 

これは一回分のクラスを一つの全体とみなし、クラスという一つの大きな学習プロセスを観察していくという方法である。今回の研究で用いるデータは、自分が過去に行ってきたオンラインクラスが元になっている。その観点からすれば、今回の研究も自分自身を研究対象としていると言えなくもない。

 

しかし、ここでは私以外にも学習者の存在があるため、完全に自分自身を研究対象としているわけではないのだ。発達科学の研究を眺めてみると、例えばジャン・ピアジェは自分の子供たちを研究対象にして、発達理論を組み立て行ったという歴史がある。

 

また、ダイナミックシステム理論を発達科学に適用した先駆者であるポール・ヴァン・ギアートも、自分の子供の言語習得過程を研究対象にして博士論文を書き上げている。このように自分に近しい人物を研究対象としている研究を見かけることは稀にあるが、完全に自分自身を研究対象にしているものはあまり見かけたことがない。

 

例えば、アイデンティティの発達研究では長期的にデータを得ることが一般的には難しい。だが仮に自分を研究対象とすれば、継続的にデータを収集していくことは比較的容易なのではないかと思われる。

 

今の私は表立った研究プロジェクトに加え、自己の変化の過程を観察するという試みにも従事していると思う。もちろん自分の中の様々な点を観察しようとしているのだが、大きく分けると、自分の視点の変化、価値体系や思想体系の変化、関心テーマの変遷、テーマごとの理解度の変化などである。

 

毎日、これらの点に関して何かしらの文章を書き留めている。これはいつになるかわからないが、将来、ここで書き留めた記事を材料にして、自分の発達過程を分析してみたいと思う。日々の日記は、自分の変化の変遷を表すものであり、自分の発達過程を分析する上での重要なデータになるのではないかと思うのだ。

 

だが、データを収集するために日々文章を書き留めているわけではないので、その辺りは本末転倒にならないようにしたい。あくまでも日々の日記は、変化の過程を文字として表出することにより、絶えず変化のプロセスを意識しながら生きて行くためのものである、と言っても過言ではない。

 

時々過去の日記を振り返ると、自分がどのような観点に立脚して意味を作っているのか、世界をどのように眺めているのかを冷静に捉えることができる。その中で、自分の視点の盲点や関心テーマの移り変わりなどにも気づくことができる。

 

ある意味、日記を振り返るという作業は、盲目的に信奉している世界観を引き剥がすことに似ている。何か文字が刻まれる瞬間、そこには自己が同着しているものが姿を現すのだ。それは視点や観点、あるいは価値観や思想かもしれない。

 

いずれにせよ、主体が何かしらの文章を生み出すとき、それは必ず自己が同着しているものから生み出されるのだ。アイデンティティは「自己同一性」と訳されるように、自己が自分と何かを同一視(identify)していることを示している。

 

その何かを特定しなければ、アイデンティティの成熟は起こりにくいだろう。なぜなら、ロバート・キーガンが提唱するように、自己が主体から客体へ移行している時には、必ず主体を客体化するという作業が不可欠になるからである。

 

そうしたことを考えると、自分の内面を対象に日々文章を書き、それを定期的に読み返すことは、自己がどのようなものと同着しているのかを発見する貴重な手がかりになるかもしれないと思うのだ。さらには同着しているものを特定することのみならず、自己の内面を対象に文章を書くということは、同着しているものから自己を引き剥がす作用も生み出しているように思う。

 

自己同着からの脱却が起こっているがゆえに、内面に関する文章を綴れば綴るだけ、内側で自己展開が起こるのだ。これは非常に気長な試みであるが、自己の成長・発達の過程を追うことによって、そのメカニズムを探っていくという実践を継続させていきたい。

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