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458. 実践知について


全ての仕事がひと段落し、再び「実践知」と呼ばれるものについて考えていた。ここでふと、先日久しぶりにやり取りをしていたオットー・ラスキー博士の研究を思い出していた。

ラスキーに師事をしていた頃、彼の認知的発達段階モデルは非常に難解ながらも、最も関心を引く研究テーマであった。特に当時は、彼が提唱した「弁証法思考の28個の思考形態」について熱心に彼から学んでいたように思う。

ただ、当時を振り返ってみると、一つだけあまり注目をしていなかったテーマがある。それは「探求システム」の発達に関するラスキーの研究であった。

そこではラスキーは過去の偉大な哲学者を引用しながら、「ロック派探求システム」「カント派探求システム」「ヘーゲル派探求システム」の順番に、世界を探求していく思考システムが深まっていくことを指摘していた。

それらの探求システムの段階は、順番に簡単に述べると、対象を理解し知識を獲得する段階、対象に理性を働かせて知識を深める段階、弁証法的な高度な思考形態を用いて知識を結晶化させる段階となる。こうしたことを思い出しながら、まさにラスキーが探求システムの最後の段階に掲げていたものが「実践知(practical wisdom)」と呼ばれるものであることに今更ながら気づいたのである。

この気づきをきっかけに、さらにラスキーとの興味深いやり取りを思い出した。ラスキー曰く、「現代社会のほとんどの成人は『ロック派探求システム』ですらも獲得できていない」と述べていた。私が日常「実践」という言葉を安易に強調できないのは、ラスキーのこうした指摘が影にあるように思う。

つまり、ラスキーは「実践ということを強調する前に、その前段階の探求システムを確固たるものにしていく必要がある」という警鐘を、言葉にはせずとも私に投げかけていたように思えるのだ。その後、ラスキーが「ロック派探求システム」と呼んでいたものの性質を探究してみると、ロバート・キーガンの発達モデルでいう発達段階4や、カレン・キッチナーとパトリシア・キングの内省力発達モデルでいうところの段階4に該当していることがわかり、確かに成人の多くはロック派探求システムですら獲得していないというのもうなづける。

多くの成人がこうした探求システムを獲得できていない背景として、「実践」という言葉を安易に強調する風潮や知識の重要性を軽んじる傾向があると思うのだ。実践知に至るためには、経験を深く省察することが不可欠なのだが、そのための道具や視点として知識が必須の要素となるのである。

学術的な概念や理論は、それだけでは確かに血の通わない飾り物に過ぎないが、それは様々な経験事象が結晶化された末に生み出されたものである、という特質があることを忘れてはならない。そして、私たちが概念や理論などの知識を習得し、その知識が内包する経験事象をこちらから解凍するとき、その知識は実践を深める極めて貴重な資源になると思うのだ。

実際に、私も学術的な概念や理論を学ぶことによって、自分の実践を見直すことがいかに多いことか。人材育成コーチングにせよオンラインラーニングにせよ、学術的な先行研究やそれを基にした理論から、実に多くのことを学び、それが自分の実践力を高めることにつながっているのを日々実感している。

以前、「コンサルタントやコーチで言葉の力がない人を多く見かけますが、そういう人には仕事を依頼しないようにしている」ということを共有してくれた知人がいる。どちらの職種にも携わっている私にとっては、耳の痛い話であるが、正鵠を射ていると思う。

本来言葉を扱う専門家であるコンサルタントやコーチが、そのような評価を下されるのはとても皮肉なことである。おそらくその方が見かけてきたコンサルタントやコーチは、概念や理論が持つ言葉の力を蔑ろにしてきたがために、そのような印象をクライアントに抱かせてしまったのだろう。

もちろん学術的な知識を鵜呑みにする形で学んでも意味はない。しかし、ラスキーが提唱した探求システムの発達モデルにあるように、まずは対象を理解し知識を獲得することを経なければ、それ以上の思考形態を獲得することはできないし、ましてや実践知などに至ることは到底不可能である。

知識を獲得する過程で、自分の経験に引き付ける形で解凍作業を自ら行っていくことが重要になるだろう。知識獲得と解凍作業の中で、自己の経験と実践が徐々に深まっていき、実践知として昇華されていくのだと思う。

思考形態の高度化に関する発達段階は飛ばすことができないため、やはり土台となる知識を獲得することは極めて大切なのである。そのようなことを思わされた。

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