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453. 三位一体の調和関係


今日も一日が静かに終わろうとしている。相変わらず観想的な生活リズムが刻まれている。このリズムはとても独特な音楽的なものだと形容していいかもしれない。

そうした生活をする中でも、あるいはそうした生活をしているからこそ、自分がどのように生きていくのかについて絶えず考えさせられている。自分はどうして母国を離れて、毎日毎日このような生活を刻み続けているのかについて考えさせられるのだ。

こうした観想的な生活を送る中で学んだことは、自分が諸々の探究を進めていく中で、外界の対象物に対して敬意を持つことの意味に気付いたことだろう。外界の対象物には無限の奥行きがあるのだ。

重層的な奥行きの一つ一つをこの目で確かめていくためには、一歩一歩の内側の成熟が求められる。なぜなら、外界の対象物が目に見えない形で内包している意味というのは、それを見る私たちの内側の成熟に応じて徐々に開示されるものだからだ。

言い換えると、内側の成熟に対応する形で、対象物はその奥行きをこちらに開示してくれるのだ。なぜだかこうした観想的な日々の中では、私を取り巻く何気ない対象物から学ばされることが多々あるのだ。

それは空の場合もあれば鳥の場合もある。書物の場合もあれば食物の場合もある。このように自分を取り巻く無数の対象物には、必ず重層的な奥行きが隠されており、自分の内側の成熟に応じて開示されるものが異なってくるのだ。

これは目に見える客観的な対象物のみならず、文化や組織といったものにも当てはまることだと思う。私自身、日本の文化から見える事柄というのは、この数年間で大きく変貌したように思う。

それはひとえに、自分の内側の成熟というものがあったからだろう。そして、組織といったものを考える際にも、自分の内側の成熟度合いに応じて開示されるものが全く異なると思うのだ。

仮に自分が何らかの組織に所属している場合、あるいは外部から組織を見る立場にある場合、自分が組織という対象物から何を汲み取るのかに関して、過去の自分と試しに比較してみると良いかもしれない。仮に自分の内側で成熟という現象が起こっていたのであれば、そこから汲み取れる意味というのは必ず異なっているはずである。

さらには、外界の目に見える対象物や文化や組織といったもののみならず、当然ながら自分を対象にした場合にも同様のことが当てはまる。つまり、自分の内側の成熟に応じて、自分という対象物から得られる気づきが姿を変えるのである。

内面の成熟を経ることによって、自分の思わぬ側面に気づくことができたり、これまでの気づきからさらに一歩深い気づきが得られるような経験をしたことがある人も多いだろう。このように考えると、どのように生きていくのかに関する問いに対して、内外の対象物に対する敬意の中で自己を深めていくことの中に一つ大きな鍵がありそうなのだ。

内外の対象物に真に敬意を表するためには、それらが内包する重層的な意味を掴むための自己の成熟が求められる。一方、自己を深めていくためには、内外の対象物の存在が不可欠なのだ。

内と外の現象と自己の成熟は三位一体のものなのだろう。三位一体の調和関係を忘れずに生きることが今の自分にとって重要なのかもしれない。

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