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447. 独学と学び合い


今日から本格的にフローニンゲンの街が冬に入ったことを実感した。外出する際には、もはや下にヒートテックを履いておかないと足元から冷えてくるのだ。同時に首元からも寒さが飛び込んでくるため、マフラーを巻いて外出する必要がありそうだ。

来週からは防寒対策をして外出しようと思う。今朝は残すところあとわずかのオランダ語のクラスに参加した。来週の火曜日がいよいよ最終試験であり、13回のクラスがあっという間に過ぎ去ったように思う。

今回の初級コースを受講したおかげで、オランダ語による簡単なやり取りができるようになったことは大きな収穫であった。文脈は限られたものだが、スーパー、カフェ、レストランでの会話をオランダ語で行えるようになったことは実に大きい。

これらの文脈では、基本的にそれほど込み入ったやり取りがなされることはなく、会話のパターンというものがある程度決まっているのだ。そうしたパターンをしっかりと身につけ、あとは語彙を増やしていけば、それらの文脈内での会話をオランダ語で展開することはなんとか可能になるのだ。

こうしたコースに思い切って参加してみると、往々にして思わぬ収穫があるものである。当初このコースに参加する前は、13回のクラスを通じてどれほど自分がオランダ語を習得できるのか全く未知であったが、コースに飛び込み、カリキュラムに沿って継続的に学び続けていった結果、自分が想定していた以上の変化を実感することができたのだ。

他者と共に教師から学ぶことの意義を大いに実感させてくれる経験であった。やはり独学には限界があるので、語学にせよ学術的な内容にせよ、他者と共に学習を進めていくことの効果は大きい。

その点に関して、来期はオランダ語コースの時間帯の都合上、次のレベルのコースを受講できないのが残念である。オンラインコースの方も応募の締め切りが終わっており、来期中はオランダ語を自分のペースで進めていくしか方法がないようだ。

今回のオランダ語のコースから、独学と他者と共に学ぶことの違いについて少し考えさせられることがあった。ジョン・エフ・ケネディ大学の修士課程を修了して以降、私はおよそ三年間ほど独学で探究を進めていくことを余儀なくされていた。

文献の選択から文献の読み方やペースに至るまで、全て自分で決定し、自分が頭の中で漠然と立てた学習工程に沿って学びを深めていたように思う。もちろん、このような独学でしか深められないこともあるのは事実である。

特に、誰からも強制されることなく、自分の関心に沿って専門書や論文を読み進めることができたおかげで、専門知識に関する独特の幅と深さが得られたように思う。そう考えると、この三年間は意味のある孤独な修練期であった。

一方、こうした一人称的探求には固有の限界がある。一人称的探求の利点は、上述のように、自分の関心に沿って自分のペースで学びを深めていくことができるところにある。しかしながら、逆に言えば自分の関心に縛られてしまい、思わぬ盲点を生み出してしまうのだ。

現在、フローニンゲン大学のコースを受講することによって、自分の関心領域でありながらも見逃していた分野があることに気づかされている。社会人になってから再び大学院に通うことの利点は、これまでに獲得した知識や経験によって見えなくなっていた盲点に気づかせてくれ、探求の幅を広げてくれることが一つとしてあるだろう。

このように、外部から学習コンテンツを投げかけてもらうというのは三人称的探求方法に該当すると思うが、外から自分の盲点を照らし出されると、大抵ハッとするような発見があるものである。今の私はこのような発見の連続期にいると言えそうである。

さらに、二人称的探求方法である他者と共に学ぶということに関して言えば、今回のオランダ語のクラスでは、生身の人間と同じ時間と空間を共有しながらやり取りをすることの意義を改めて強く感じさせられることになった。そこには、独学での探求にはない「緊張感」のようなものがあるのだ。

独学で学習を進めている時には、基本的には自分との対話だけで探究が進んでいくため、予測不可能な事態に遭遇することはそれほどない。しかし、他者と共に学習をしていると、予測不可能な事態が往々にして起こるのだ。

他のクラスメートが、自分にはない角度や視点から教師に質問することを受けて、これまで自分では湧いてこなかったそうした質問を自分に引きつけて考えてみることを余儀なくされることが多々ある。また、教師から自分に対して質問や意見を求められるというのも、予想されないタイミングでそれが起こるため、学習の間中、程よい緊張感が保たれているのである。

こうした緊張感は集中力を生み出し、学習効果を高めてくれるように思う。そして今回のオランダ語のコースでは、「失敗をする豊富な機会」があったことがとても重要だと思った。

語学の習熟度と失敗の数は何かしらの相関関係があると私は思っており、クラスの中でたくさんの失敗経験を積めたことは非常に大きかった。もちろん教師のリセットが、失敗を奨励する教室空間を巧みに生み出していたという功績がある。

また、他のクラスメートも積極的に発言をし、どんどん失敗を重ねるような行動を取っていたため、クラス全体として語学の取得に不可欠な失敗経験を豊富に積むことができたように思う。要約すると、他者と共に学ぶことの中には、成長や発達に不可欠な「変動性」が潜んでいると思うのだ。

他のクラスメートが持つ独自の観点というのは、自分にとってはまさに予測不可能なものであり、それは自分の内側に変動性という波を生み出す。また、クラスの中で失敗をすることによって、学習曲線に瞬間的な退行現象がもたらされ、それは成長・発達に不可欠な変動性なのである。

今回のオランダ語のコースを通じて、独学と他者と共に学ぶということの双方の意義を再考させられ、これからは両者をうまく組み合わせながら探究を続けていきたいと思う。2016/10/14

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