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413. 言語世界の階層性


今日は第二回目のオンライン読書会を開催した。久しぶりの読書会であり、私にとっては数ヶ月ぶりに日本語を話す機会となった。そのため、読書会の途中で、文章の接続のさせ方がおかしかったり、日本語の単語が一瞬出てこないことに見舞われた。

私が思っていた以上に、日本語の話し言葉をよどみなく紡ぎ出していくことが困難であった。オランダ語の習熟度が安定期に入るまでは、こうした状況に置かれるのもやむをえないのかもしれない。オランダ語の学習を進めれば進めるほど、確かにオランダ語の言語世界が構築されていくことは間違いない。

しかし、オランダ語の言語世界が構築されればされるほど、私が持っている他の言語世界がグラグラと揺れ動かされるような現象が時折見受けられる。こうした現象を観察していると、以前に見た映画「Inception(インセプション)」のことを思い出した。

この映画の中で登場人物たちがどんどん深い夢の世界に入ってくのと同じように、私の中の言語世界も階層性を持っているようなのだ。最初にこの階層性に気付いた時は、自分にとって日本語の言語世界が最も深層にあると思い込んでいた。

しかしながら、日本語の言語世界はもしかすると最も表層にあるのではないか、と思うようになったのだ。最も表層にある日本語の言語世界の一つ下の階層には、英語の言語世界が広大に広がっている。そして、その下にオランダ語の言語世界が立ち現われつつあるのだ。

この最も深層部分にあるオランダ語の言語世界にいると、時折、深い夢の世界に自分がいるような感覚を持つことがある。そして、この最も深層にある言語世界が揺れ始めると、その上の言語世界にも揺れが伝染し、結果として最も表層にある言語世界にも揺れが伝わる、というような構造になっているようなのだ。あれだけ長い時間をかけて構築した日本語の言語世界が、他の言語世界の揺れに影響を受けるというのは皮肉な話でもあり、不思議な話でもある。

また、こうした三つの言語世界で生きる自己の特徴についても着目してみた。すると、これら三つの世界における自己のパーソナリティはかなり異なっていることがわかる。英語の言語世界にいる自分は、より積極的に自己の存在を打ち出していこうとするような特徴を持っている。

この背景には、英語を母国語としないため、英語で自分の存在を定義づけることを半ば脅迫的に迫られていた、という過去の経験があるのかもしれない。五年半前に初めて米国で生活を始めた際に、英語を使っている自分が誰なのかわからなくなるような瞬間に頻繁に遭遇していた。

つまり、英語という言語世界の中に生きる私の居場所を発見することや構築することに関して、大きな課題を抱えていたのである。この課題を克服するのに、二年半か三年の月日を要したように思う。ただし、この課題を克服したとはいえ、真の意味での解決にはまだ至っていないのかもしれない。その証拠として、英語の言語世界にいる私は、未だに自分の存在を確固たるものとするような動きを見せるのである。

興味深いことに、オランダ語の言語世界にいる自分もそのような特徴を持っているようなのだ。今のところ、英語の言語世界にいる私とオランダ語の言語世界にいる私の間に大きな差は見られない。どちらもその言語世界の中で、自分の存在基盤を作ろうとすることに躍起になっているようなのだ。こうした躍起さが収まる日が来るまでは、言語世界の最も表層にある日本語世界の私は、絶えず揺れを感じることになるだろう。2016/10/1

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