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397. 文章と内面の成熟


午前中にまとわりついていた思考の倦怠感が消え、午後からはいつもどおりの思考状態に戻った。その回復過程を振り返ってみると、いつも取り入れないような休息を下手に挟み込むのではなく、いつもどおりの探究活動を緩かに進めることによって思考を整えていった、というプロセスを発見した。

やはり自分の中では探究活動そのものが自己の生命力を高める実践となっており、倦怠感を抱いた時に探究活動を休止するのではなく、探究活動を継続させていくことによって再びいつもどおりの状態に整えていく、ということが大事なのだろう。

確かに今朝感じていた倦怠感は探究活動を通じてもたらされたものだと思うのだが、探究活動そのものからもたらされたというよりも、探究活動の最中に入り込んだ不純物のようなものが一連の塊となることによってもたらされたのだと思う。そのため、そうした一連の塊を溶解させるには、探究活動を緩やかに継続させることによって自らの生命力を高めていくという方策が有効なのだと思った。

思考のしこりが溶けていくことに従って、これまでには気づかなかったような認識が自分の中に立ち上がってきた。私は定期的に自分が過去に書いた文章を読み返し、それに修正・追記するような作業をしている。その作業を通じて気づいたのは、この瞬間の自分には思いもよらない仕方で文章を綴っている自分が過去にいた、ということである。

非常に独特な問いかけを発し、その問いをもとに文章が展開されていることをしばしば目撃する。一風変わった色や匂いを放つ問いに対して、その答えも独特なものである場合も多い。このように独特な問いや答えが自己の中から生み出されていく、という事実に少なからず驚かされたのだ。

しかしそれ以上に驚いたのは、個性的な問いから答えに至る過程である。要するに、問いから答えへ至る収斂の道筋も独特である場合があることも見て取ったのである。なぜその出発点から文章が始まり、なぜその道を進んで文章が一つの終着地点に収斂していったのか、というプロセスの中に自分の思考を映し出す文章が持つ不思議な力を見つけたのである。

これはある文章を書き始めた瞬間にはまだ見えていないのだが、後からその文章を読み返してみると、始点から終点までの進み方はそれでなければならない、というような必然性を見出すことができる。こうした必然性の中に私は、文章の書き手が持つ独自の存在性を見出している。独自の個性を持つその書き手にとって、「始点から終わりへ収斂していくプロセスはそれでなければならない」というような確信めいたものがある気がしている。

自分の文章を読み返していてもう一つ気づいたのは、自分の独自性を抑えるような文章の場合、始点から終点へ向かうまでの凝縮力が弱いのだ。一応、文章の形として書き終えたものであるから、自分なりに必然性に沿って書いているつもりでも、これまで書いてきた文章を眺めてみると、必然性の度合いがバラバラなのである。

この必然性の度合いは非常に微妙なものなのだが、自分に誠実になって読み返してみると、その違いは一目瞭然である。簡単に言ってしまうと、自分の個性を抑圧するような言葉の選択や、本性から逸脱しようとするような言葉を紡ぎだそうと、始点から終点へと文章を運んでいく凝縮力が弱体化するのである。

そうした状況で文章を運んで行こうとすると、「始点から終わりへ収斂していくプロセスはそれでなければならない」という確からしさが失われ、幽霊のような文章が生み出されることになってしまうのである。

最後にもう一点、自分が毎日一定量の文章を書くことを日課にしてから気づいたのは、「文章として書くに値するような出来事に遭遇したから文章を書く」というのでは全く話にならないということであった。つまり、文章のテーマとなるものが外側からもたらされたから文章を書く、という態度は怠惰さの表れに他ならないと自分に言い聞かせている。

なぜなら私の中で文章を毎日書くことの目的は、「人間は一生涯にわたって変化し続ける」というテーゼが本当に自分に当てはまっているのかを確証し続けることにあるからである。要するに、内面世界の成熟が日々私たちの見えないところで常に進行しているのであれば、私たちが自分と向き合い内側に目を凝らせば、必ず何かしらの変化を見て取ることができると思うのだ。

私はそうした変化を文章の題材にしているため、必然的に毎日何かしらの文章を書くことにつながっているのだ。文章を書くという目的と題材選びに関して上記のようなものを設定しているがゆえに、仮に自分の内面が日々成熟を遂げ、変化を生み出し続けているのであれば、そうした変化に立脚した文章が書けない日は出てこないのだと思う。

逆に自分の内面の成熟が終わりを遂げ、「人間は一生涯にわたって変化し続ける」というテーゼが自分にとって「偽」であることが判明した時、何も文章を書かなくなるのかもしれないと思わされた。

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