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383. これまでの文章を編集しながら


土曜日の今日は、早朝にいつもどおりの習慣的実践を済ませた後、オランダ語の学習を少し行っていた。このオランダ語の学習も早朝の習慣になりつつあるのは、私にとって喜ばしいことである。土曜日のフローニンゲンの朝は、平日とは違う雰囲気を醸し出している。

平日においては、朝の早い時間から通勤や通学に向かう人たちの姿を窓越しに見つけることができる。平日の朝は、人々の活動エネルギーと和をなすかのように刻みの良いリズムをその時間の中に生み出している。一方、休日のフローニンゲンの朝は、街の人々に休息エネルギーを分け与えているかのように、優しく揺るやなかリズムを生み出している。

そのようなリズムの中、今日は時間が取れたので、これまで執筆してきた文章を読み返し、編集作業を行っていた。日本を出発する前後の文章を読んでいると、このようにオランダで生活をしている今の自分には表現できないような言葉がそこに記されているのを見て取ることができる。

より正確には、間違いなくあの時にしか感じられたなかったことや考えられなかったことがあり、あの時にしか表現できなかったことが多々あったのだ、と気付かされた。こうした気づきを得られるのも、やはり文章を毎日書き留めてきたからであろう。

約一ヶ月半前の自分と今の自分を比較してみて、そこに成長や発達が見られるか?と問われると、そうしたものは見出せないかもしれない。一ヶ月半という時間は、成長や発達を議論するにはあまりにも短いものである。そのため、マクロな成長や発達というのは私の中でまだ起こっていないと思われる。

ただし、その期間の文章を読み返してみて一目瞭然なのは、絶えず自分が変化しているということなのだ。変化というのは、前進かもしれないし、後退かもしれない。いずれにせよ、この一ヶ月半の文章を読み返す中で、私は確実に毎日変化しているのだ、と気づくことができた。

その証拠として、外形上の表面的なものを例に挙げると、これまでの文章で扱ってきたテーマが同一のものであったとしても、一つとして語彙の選択や文法構造が同一のものが存在していないのである。毎回の文章の中には、必ずこれまでとは違う語彙の選択や文章の構造が見て取れるのだ。

私たちが用いる語彙の中には、常に固有の意味と感覚質が伴っている。さらに、文章の構造はある意味、その文章を構成する語彙を構造的にまとめ上げる機能を果たしていることに他ならない。ということは、毎回の文章で用いる語彙や文法構造が異なるのであれば、そこには常に固有の意味と感覚質が固有の形で統合されていることを示しているのではないだろうか。

今改めて過去の文章を編集する中で、そのようなことを思わされた。文章を書くということは、日々の生活の中で生じる唯一無二の固有の意味と感覚質を捉えることに他ならず、それを自己の中に統合することによって新しい自己を創出していくという、創造的営為と編集的作業を同時に行うことなのではないかと思った。2016/9/17

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