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370. 学ぶ喜びの感覚質


一昨日は自分の中で燃え盛る情動と向き合うことが非常に難しかった。それは自分の中の全てを溶かしてしまうかのような力強さを持った情動であった。こうした情動は、自分の中の経験を発酵させることにどのような影響を及ぼすのだろうか。

経験を自らの思想にまで高めていくためには、経験を徐々に時間をかけて熟成させていくことが大事だと思うのだ。そう考えると、一昨日のような炸裂するような情動は経験の熟成過程に好ましい影響を与えないのかもしれない。

しかし、そうした激烈な熱気を感じるというのも私の一つの経験に他ならず、それが過ぎ去った今、残り火を用いながらこの経験を静かに熟成させていく必要があるだろう。

昨日は、水曜日に行われる「タレントディベロップメントと創造性の発達」というコースの課題図書を読むことに多くの時間を充てていた。このコースは全七回のクラスで構成されており、各クラスのテーマごとに異なる教授がレクチャーを担当することになっている。例えば、スポーツ、企業組織、教育、アセスメントなどの切り口からタレントディベロップメントと創造性や卓越性の発達を取り上げていく。

初回のクラスは、私が所属するプログラムを取りまとめ、このコースのコーディネーターでもあるルート・ハータイが担当する。ルートは主に、スポーツにおける知性や能力の発達を研究テーマとしており、七回のクラスの内、初回以外にも途中でもう一回クラスを担当する。

プログラム長であるという気概からだろうか、あるいは自分の研究領域に関する情熱からだろうか、ルートが担当する回の課題図書は他の回よりも圧倒的に分量が多い。そのため、昨日は特に多くの課題図書と向き合う必要があったのだ。

必読文献のみならず、捕捉文献に記載されている全ての書籍と論文を無事に読み終えたところで、休憩としてオランダ語の学習に移った。外国人である私がオランダ語をどのように学んでいるかというと、やはりオランダ語をオランダ語のまま学んでいくことは不可能なので、オランダ語を英語に翻訳しながら学習を進めている。

こうした作業を進めながら思うのは、オランダ語を英語に翻訳しながら理解していくことによって、英語の語感覚も磨かれていくような気がするのである。私たちの言語空間は非常に面白い性質を持っており、ある言語が幅と深さを獲得し始めると、他の言語の幅と深さにも好影響を与えるのではないか、と思っている。

もちろん、バイリンガルの年齢が幼い場合、例えば、英語を学ぶことを強制させられた日本人の子供達が、日本語の能力を伸ばすことに苦戦してしまうことなどが起こりうるだろう。この場合、英語の言語空間が日本語の言語空間を圧迫してしまい、日本語力の発達を阻害するような現象が起きているのである。それはさながら、捕食者と被食者の関係性に似ている。

一方、成人期を超えた私の場合に限って言うと、複数の言語が互いに干渉し合うことなく、それとは正反対に、相互に好影響を与えながら言語空間の幅と深度を発達させているようなのである。

年齢に応じて、言語空間という生態系の性質に変化が生じるのを見て取ることはできないだろうか。言い換えると、年齢に応じて、言語空間という大きな生態系の中にいる生物種である各種言語の関係性が変化するのである。

現在、私の言語空間という一つの大きな生態系の中には、日本語、英語、オランダ語という三つの生物種が主に存在しており、それら三つがお互いに干渉し合うのではなく、相互にお互いの土壌を涵養していくような関係性が構築されているのを実感している。そのため、オランダ語を学べば学ぶほど、英語の言語空間の性質が変容し、同時にそれは日本語の言語空間の性質の変容を促進しているのである。そのようなことを思わされた。

また今日の学習の中で、客観的に見れば全く大したことではないと思うのだが、何度も失敗を繰り返しながら初めてオランダ語で1から20まで暗唱できた時、隠しようのない喜びが自分の中で湧き上がっているのを感じていた。これは紛れもなく学びに伴う純粋な喜びであろう。

小さなことを達成した時に湧き上がるそうした喜びを素通りすることなく、一つ一つ噛み締めていくことが、自分の学びを一つ一つ前進させていくことにつながるのだと思うのだ。

幼少の頃、日本語で数字を数えることを学んでいた時に、「八つ」「九つ」を正しく表現することに対する苦戦を乗り越えて、初めて1から10まで日本語で数えられた時のあの喜びとオランダ語で1から20まで数えられたこの喜びの間には、何らの差もないことに気づいたのだ。どちらの喜びも、夏真っ盛りの時期に収穫される柑橘類の色と味のようだったのだ。

大人になるにつれ、私たちは学びに伴う純粋な喜びを忘れがちになる。成熟するにつれ、喜びという感情に付与される意味はより重層的なものになっていくのかもしれないが、喜びの核にある感覚質は常に等しいものなのではないかと思うのだ。

季節はもう秋に入り始めている。しかし、夏を彷彿させるような柑橘類の色と味を伴った学びの喜びを絶えず感じていたいと私は思う。

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