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298. 予知夢と時の扉


——偶然はそれを受け入れる準備ができた精神にのみ訪れる——ルイ・パスツール

昨日夕食を食べている時に、不意に奇妙な感覚に襲われた。食卓から眺めているこの景色をオランダに来る遥か前に見たことがある、というものだった。厳密には、食卓の窓から眺める景色と、ここでこのように夕食を食べている光景をだいぶ昔の夢で見ていたのだ。

これは「予知夢」や「既視感(デジャブ)」と呼ばれる現象かもしれない。非常に不思議な現象である。そもそも日本で欧州への学術留学と言えば、イギリスやフランスが真っ先に候補に挙がるだろうが、なぜ私はオランダを選択したのかについて考えていた。

オランダのフローニンゲン大学は、発達心理学と複雑性科学を架橋した研究のメッカであるから、という理由はごもっともなのであるが、それよりも根本的な何かが自分の中にある気がしてならないのだ。

そうだった。私は10歳の時、オランダのデン・ハーグに本部を置く国際司法裁判所で働くということを決めていたのだ。社会の資料集に掲載されていた国際司法裁判所の写真を見て、「自分は将来必ずここにいる」ということを感じ取っていたのだ。

それから20年の時が経った。確かに今の私はデン・ハーグにいるわけでもなく、国際司法裁判所の判事でもないが、幼少時代のあの時に感じた理由のない直感が機縁となって、今この瞬間に知性発達科学者としてオランダのフローニンゲンという街にいるのだ、という確かな感覚があるのだ。

これは一体何なのだろうか?サンフランシスコにあるフィルモア通りの最も海抜が高い場所からサンフランシスコ湾を眺めた時、自分が生まれてきた意味と自分が生きて行く意味を、啓示的な伝言と共に知ってしまったあの時もそうだった。

自分が進むべき道は自己を超えた何かと常に繋がっており、超越的存在者と無意識的な自己との共同作業によって、私が意識しないところで進むべき道の全てが決まっているような気がするのだ。

そうなのだ。今この瞬間に私がオランダのフローニゲンにいることは、20年前のあの日、社会科の資料集を眺めた瞬間に決まっていたのだし、実際はそれ以前から何らかの働きかけが私をその資料集へと向かわせていたのだから、遥か以前からこの地に自分がいることが決まっていたのかもしれない。そんなことを思うのだ。

私は、運命はあらかじめ決められているというような決定論者ではないし、全ての運命は確率的に決められるものであるという確率論者でもない。世界における全ての現象が規則に基づいているというような決定論的な立場を取るのでもなく、逆に、全ての現象は単なる偶然によって起こるというような非決定論的な立場を取るのでもない。

私はそうした極端な立場の中庸に立ち、自分の意識の範疇を超えた大いなる自己が何らかの道を私に与え、私という小さな自己はその道を前後左右しながら歩いていく、そんな考え方を持っている。これはダイナミックシステム理論の思想と近しいものがあるだろう。

私がどうしてダイナミックシステム理論に惹かれ、フローニンゲン大学でこれを深く学ぼうとしているのかわかった気がする。ダイナミックシステム理論が包摂する種々の概念や方法論に魅力を感じているということ以上に、思想的に共鳴するものが多分にあるからだ。

過去の時間が現在の私に押し寄せてくる。未来の時間が現在の私に押し寄せてくる。過去現在未来というのは、地球上に存在する諸々の大陸のようなものなのではないかと最近思う。

私たちはとかく、過去と現在と未来を分離しがちである。だが、果たしてそれらの三者は本当に分離したものなのだろうか。それらを分離させてしまうことは、本来は空気と地面という同じもので続いているはずの大陸をあれこれと分割させることに等しいのではないかと思う。

「日本」と「オランダ」という名称は、人間の都合上で勝手に区別されたものにすぎない。本来は、両者は同じ空気と地面で分けがたく繋がっているのだ。こうした関係は、時間の区分においても等しく当てはまるのではないだろうか。

5年前に米国に渡って以降、こうした感覚が徐々に芽生えつつあったが、昨年の東京滞在期間中にこうした感覚に対して確信を持つと共に、少しずつ言葉を与えられるようになってきた。自分なりの言葉が与えられるようになってくると、より一層こうした時間感覚が自己を包み、今の私はそうした時間感覚の中で生きていると言えそうだ。

日々を愚直なまでに懸命に生きることによって、時の扉が目の前に現れる。そして全身全霊で時の扉を叩くとき、真の時間の中で私たちは生きることができるのではないだろうか。

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