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286. 次なる発達段階への道:システム構築の手法について


今日の天気予報は終日晴れとのことであったが、一日の途中で何度かまばらな雨が降った。日々の仕事の息抜きに書斎の窓から空を観察している。

日本において、確実に雨が降らない空というのは感覚的にわかるのであるが、ここオランダにおいてはその感覚がことごとく裏切られている。フローニンゲンの年間雨量は東京の年間雨量の半分ぐらいだが、ほぼ毎日どこかのタイミングで雨が降っている気がする。

そのため、外出の際には折り畳み傘を必ず携帯する必要がある。天候というのは動的システムの典型例であり、その挙動を正確に掴むのは実に難しいと痛感する毎日である。

空を見ただけでは天候のパターンがなかなか掴めないため、流れ行く雲の観察データを集め、雨を降らせる雲の色と形状のパターンをおおよそ理解し始めた。いやはや、天候という動的システムの挙動や特性もさることながら、雲というシステム一つをとってみても、その挙動や特性は実に多彩で見ていて飽きないのが不思議である。

そのようなことを思いながら、先日近所の古書店で購入した “Cognitive systematization (1979)”を読むことによって考えさせられたことを思い出す。これは実証研究に基づいた構造的発達心理学における発見事項であるが、私たちの知性や能力は絶えず「システム化(体系化)」されながら発達していくのだ。

言い換えると、私たちの知性や能力の発達とは、一つのシステムを作っていくプロセスに他ならないのだ。これはいかなる知性領域・能力領域においても当てはまる。

例えば、ピアニストに関して言えば、ピアノ演奏能力を向上させるためには、楽曲の理解や指の動かし方などの多様な構成要素を一つの大きなシステムとして構築する必要がある。

またスポーツ選手に関しても同様であり、従事するスポーツに要求される能力を高度化するためには、多様な動作を一つのまとまりとして発揮できるようにシステム化する必要があるのだ。

さらに、学者においても、自分の専門領域の多様な知識を構成要素と見立て、それを材料に一つのシステムを構築していくことが、その人にとっての思想や理論体系となるのだ。

上記のような例を見ていくと、自然界にせよ人間界にせよ、至る所でシステムが形成されていることに気づかされる。

とりわけ、言語に依存する度合いの強い知性領域・能力領域の場合、システム化を促す実践として、私はやはり「書くこと」の効用には計り知れないものがある、と日々強く実感している。どうして文章を書くという実践がシステム化に最適なのかを少し考えてみた。

そもそも何か文章を書くためには、文章の材料が必要となる。別の表現をすると、文章という一つのシステムを構築するためには、それを構成するためのサブシステムとなる知識や経験が必要になる、ということだ。

興味深いもので、私の場合、ちょっとしたメモを書こうと思うと、当初予定していたものとは全く違う知識や経験が私の中から自発的に湧き上がってきて、それを組み合わせようとするような運動が自然に開始されるのだ。

より自分の感覚に正直になると、私が意図的にそれらの材料を一つの文章としてまとめあげようとするというよりも、それらの材料が自発的に一つの文章というシステムに変化したがっているような動きを見せるのだ。

これはおそらく、知識や経験というのは誰にとっても膨大な数に及び、混沌とした状態で私たちの中に存在しており、文書を書こうという意図が発動した瞬間に、勝手に秩序を形成する方向へ動き出すからなのかもしれないと思った。

言い換えると、私たちの知識や経験は混沌とした状態で存在しているが、それらは本質的に秩序を求めるという性質を持っているようなのである。

文章を書くというのは、自分の考えを立ち止まってまとめることを要求してくるため、密度の濃い秩序化が生じやすいのではないかと思っている。上述のように、自分の意図を超えたところで秩序を生み出す働きかけが存在しており、それに加えて自ら意図的に文章の形としてまとめるという秩序化作業を行えば、二重の意味で秩序化が起こるのだ。

システムの形成過程で面白いのは、システムが形成される時に、これまでとは質的に異なったシステムを形成する方向に動くのか、これまでと同じ質を持ったシステムを形成する方向に動くのか、という二つの道があることである。

簡単に述べると、前者は次の段階への発達を意味し、後者は現状維持である。上記の二重の秩序化のうち、構成要素が内在的に持つ純粋な秩序化の動きに身を委ねているだけだと、現状維持に陥ってしまう可能性が極めて高いと思う。

一方、自分の意志を持って文章の形にまとめるという意図的な秩序化が介入して初めて、次の段階へのシステム形成に動きだす可能性が開かれると思っている。逆に述べると、文章の形にまとめるという実践が欠如している場合、質的に異なる新たなシステム形成の道が閉ざされる可能性が相当高まってしまうと言えるだろう。

文章を書くという実践は、誰にでも実行可能なシステム形成のための実践だと思うのだ。私自身も日々文章を書くということを日課にし、その効用について今後も観察と考察を続けていきたい。

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